ストレス管理
感情労働はストレスチェックで見えるか|職場改善につなぐ評価視点
ストレスチェック制度は、職場のストレス状態を把握し、高ストレス者対応や職場改善につなげるための重要な仕組みです。
しかし、対人サービス職、医療・介護・福祉、教育、コールセンター、窓口対応、管理職などでは、通常の仕事量や裁量だけでは見えにくい負担があります。
それが、感情労働によるストレスです。
感情労働とは、相手に安心感や納得感を持ってもらうために、自分の表情、声、言葉、態度、感情の出し方を仕事として調整する働き方です。
ストレスチェック制度で推奨されている職業性ストレス簡易調査票には、感情労働そのものを直接たずねる項目は含まれていません。
そのため、感情労働の負担が強い職場では、ストレスチェックの結果だけを見ても、現場で起きている消耗を十分に把握できない場合があります。
この記事では、感情労働に伴うストレスを、尺度や評価指標の知識紹介で終わらせず、ストレスチェック運用、高ストレス者対応、職場改善にどうつなげるかという視点で整理します。
ストレスチェック制度全体の実務設計については、以下の記事で整理しています。
ストレスチェック研修の実務ガイド|義務化対応・事後措置・組織改善を整理
ストレスチェックで見えにくい感情労働の負担
企業実務で重要なのは、尺度そのものを知ることではありません。
大切なのは、結果をどう読み取り、面談や職場改善にどうつなげるかです。
現行の職業性ストレス簡易調査票は、仕事の量、仕事の質、裁量、上司・同僚の支援、身体愁訴、心理的ストレス反応などを把握するうえで有用です。
一方で、次のような感情労働の負担は、結果に直接表れにくいことがあります。
| 感情労働の負担 | 現場で起きやすい状態 | ストレスチェックだけでは見えにくい理由 |
|---|---|---|
| 怒りや不満を抑えて対応する | クレーム対応、保護者対応、利用者対応で疲弊する | 仕事量ではなく、感情の抑制負担として現れるため |
| 常に穏やかにふるまう | 本心とは違う表情や言葉を続ける | 表面的には業務が成立しているように見えるため |
| 相手の感情に敏感でい続ける | 小さな反応や表情を読み続けて疲れる | 注意力や気疲れとして出やすく、業務負荷と区別しにくいため |
| 共感しすぎて消耗する | 医療・介護・福祉・教育現場で心が休まらない | 本人のやさしさや責任感として見過ごされやすいため |
| 職場内でも感情を抑える | 上司や同僚に本音を言えず、孤立感が強まる | 対人サービスだけでなく組織内関係にも生じるため |
感情労働の負担は、本人が「まだ大丈夫」と思っているうちは表面化しにくいものです。
しかし、抑え続ける、演じ続ける、気を配り続ける状態が続くと、情緒的消耗、抑うつ、不安、集中力低下、離職意向につながることがあります。
感情労働とは何か
感情労働は、アメリカの社会学者ホックシールドによって広く知られるようになった概念です。
感情労働とは、相手が適切な心理状態になるように、労働者が自分の感情を誘発したり、抑えたり、表情や態度を調整したりする働き方です。
たとえば、次のような場面で感情労働が起こります。
- 顧客に怒りを感じていても、笑顔で対応する
- 利用者の不安を受け止めながら、落ち着いた声で説明する
- 生徒を厳しく指導した後も、関係が壊れないよう配慮する
- 患者や家族の不安を受け止めながら、専門職として対応する
- 上司の指示に不満があっても、場を乱さないようにふるまう
感情労働は、接客業だけの問題ではありません。
対人サービス職だけでなく、医療、介護、福祉、教育、管理職、窓口業務、コールセンター、営業、クレーム対応など、相手の感情を扱う仕事では広く生じます。
表層演技・深層演技・感情の不一致
感情労働を理解するうえで重要なのが、表層演技、深層演技、感情の不一致です。
| 区分 | 意味 | 職場での例 | ストレス化しやすい点 |
|---|---|---|---|
| 表層演技 | 内心とは別に、表情や態度だけを整える | 怒りを感じていても笑顔で対応する | 本心とのズレが続くと疲弊しやすい |
| 深層演技 | 相手を理解しようとし、自分の感じ方そのものを調整する | 相手の事情を考え、怒りよりも理解に切り替える | 共感が深まりすぎると消耗しやすい |
| 感情の不一致 | 感じている感情と、表に出す感情がずれる状態 | 本当はつらいのに平気なふりをする | 情緒的消耗やバーンアウトにつながりやすい |
表層演技も深層演技も、仕事上必要になることがあります。
重要なのは、どちらが良い・悪いという話ではありません。
どの場面で、どの程度、どのくらい続いているのかを見ていく必要があります。
職業性ストレス簡易調査票と感情労働のズレ
職業性ストレス簡易調査票は、日本の職場で広く使われているストレス評価の仕組みです。
仕事の負担、仕事の裁量、周囲の支援、心理的・身体的ストレス反応などを把握できます。
一方で、感情労働の負担は、次のような理由で見落とされることがあります。
- 感情を抑える負担が、仕事量として数値化されにくい
- 相手の感情に気を配る疲労が、本人の性格や気遣いとして扱われやすい
- 対人対応がうまい人ほど、負担が外から見えにくい
- 感情労働が職場文化として当然視されている
- 高ストレス者面談でも、本人が感情負担を言葉にしにくい
つまり、ストレスチェック結果に大きな問題が出ていないからといって、感情労働の負担がないとは言えません。
対人サービス職や援助職では、ストレスチェックの数値と現場感覚にズレが出ることがあります。
感情労働を測る代表的な尺度
感情労働を研究するために、国内外で複数の尺度が使われています。
代表的なものには、以下のような尺度があります。
| 尺度・調査票 | 特徴 | 実務での見方 |
|---|---|---|
| Frankfurt Emotion Work Scales(FEWS) | 感情的不協和などを測る代表的な尺度 | 感情の不一致による負担を理解する手がかりになる |
| 日本語版感情労働尺度 | 国内研究で活用されている感情労働尺度 | 日本の対人援助職の負担を考える参考になる |
| 看護師の感情労働測定尺度(ELIN) | 看護師の職務特性に合わせた尺度 | 医療現場での深層適応やケア実現を考える参考になる |
| コールセンターの感情労働的行動尺度 | 顧客対応場面に特化した尺度 | クレーム対応や電話対応の負担把握に役立つ |
| 職業性ストレス簡易調査票(BJSQ) | ストレスチェック制度で広く使われる調査票 | 感情労働そのものは直接測りにくいが、反応や支援状況を把握できる |
ここで重要なのは、尺度の名前を覚えることではありません。
感情労働の負担は、通常のストレスチェックだけでは十分に見えない場合があると理解することです。
感情労働が強い職場で起こりやすいサイン
感情労働の負担が強い職場では、次のようなサインが見られることがあります。
| 職場で見えるサイン | 背景にある可能性 |
|---|---|
| 対応が上手な人に難しい顧客・利用者対応が集中する | 感情労働が一部の職員に偏っている |
| クレーム対応後の振り返りがない | 感情負担が個人の中に残り続けている |
| 「あの人は接遇がうまいから」と任せ続ける | 対応力の高い職員ほど消耗しやすい |
| 職員が本音を言いにくい | 職場内でも感情を抑える構造がある |
| ストレスチェック結果は大きく悪くないのに離職が続く | 数値に出にくい感情労働負担がある |
特に注意したいのは、対応力の高い職員に負担が集中するケースです。
その職員が不満を言わず、落ち着いて対応できているように見えるほど、管理職は負担に気づきにくくなります。
高ストレス者面談で確認したい感情労働の視点
高ストレス者面談や産業保健スタッフとの面談では、仕事量や人間関係だけでなく、感情労働の視点も確認することが重要です。
たとえば、次のような問いが役立ちます。
- 怒りや不安を抑えて対応する場面が続いていないか
- 難しい顧客・利用者・保護者対応が特定の人に偏っていないか
- 対応後に気持ちを切り替える時間があるか
- クレーム対応や相談対応を一人で抱えていないか
- 本音を話せる上司や同僚がいるか
- 「自分が我慢すればよい」と考えていないか
感情労働の負担は、本人が自覚していないこともあります。
そのため、面談では「ストレスはありますか」と聞くだけでは不十分です。
どの場面で感情を抑えているのか、どの対応が終わった後に疲れが残るのか、誰に負担が偏っているのかを具体的に確認する必要があります。
職場改善につなげるための見方
感情労働をストレスチェック運用に活かすには、個人対応だけで終わらせないことが重要です。
高ストレス者への面談やセルフケア教育だけでは、職場構造は変わりません。
感情労働が強い職場では、次のような職場改善が必要になります。
1. 感情労働を業務として見える化する
クレーム対応、相談対応、家族対応、保護者対応、利用者対応など、感情を使う業務を明確にします。
「接遇がうまい人」「やさしい人」に任せるのではなく、業務負担として把握することが必要です。
2. 難しい対応を一人に集中させない
感情労働の負担は、件数だけでなく強度も重要です。
難しい対応が同じ人に集中していないかを確認し、チームで分担します。
3. 対応後の回復時間を確保する
強い感情労働の後に、すぐ次の対応へ入る状態が続くと、疲労が蓄積します。
クレーム対応後、相談対応後、看取り対応後、保護者対応後などには、短い振り返りや休息を入れる仕組みが必要です。
4. 管理職が感情負担を言葉にする
管理職が「大変だったね」で終わらせるのではなく、「あの対応では感情をかなり使ったと思う」と言葉にすることが重要です。
感情労働が業務として認識されると、職員は自分の負担を相談しやすくなります。
5. 研修で共通言語をつくる
感情労働、表層演技、深層演技、感情の不一致、情緒的消耗といった言葉を、現場の具体例に置き換えて共有します。
共通言語ができると、ストレスチェック後の職場改善や管理職のラインケアにつなげやすくなります。
タニカワ久美子が企業研修でこのテーマをどう扱うか
けんこう総研の研修では、ストレスチェック制度を「実施して終わり」にしないことを重視しています。
企業研修の現場で私がよく見るのは、ストレスチェックの結果だけでは、対人対応の疲れが見えていない職場です。
たとえば、クレーム対応をいつも任される社員さん、保護者対応や利用者対応を抱え込む職員さん、管理職として部下の不満を受け止め続けている方がいます。
周囲からは「対応が上手な人」「頼れる人」と見られています。
しかし本人の中では、怒りを抑える、不安を見せない、相手を傷つけない言葉を選び続ける、という負担が積み重なっています。
私は研修で、「ストレスチェックの点数だけで安心しないでください」と管理職に伝えます。
特に対人サービス職では、数値に表れにくい感情労働の負担があります。
研修では、職場でどの感情対応が多いのか、誰に負担が偏っているのか、対応後に回復する時間があるのかを、現場の言葉で整理します。
感情労働を見える化する目的は、社員を評価することではありません。
職場として、どこに無理があり、どの支援が必要なのかを明確にするためです。
よくある質問
ストレスチェックで感情労働の負担はわかりますか?
一部は関連して見えることがありますが、感情労働そのものを直接把握するには不十分な場合があります。特に、怒りや不安を抑えて対応する負担、相手の感情に気を配り続ける疲労、対応後の消耗は見えにくいことがあります。
感情労働が強い職場では、何を確認すればよいですか?
難しい顧客対応や利用者対応が誰に集中しているか、対応後に回復時間があるか、職員が本音を言えるか、管理職が感情負担を把握しているかを確認します。
高ストレス者面談で感情労働を聞いてもよいですか?
聞くことは重要です。ただし、「感情労働がありますか」と専門用語で聞くより、「怒りや不安を抑えて対応する場面が続いていませんか」「対応後に疲れが残る仕事はありますか」と具体的に確認する方が実務では有効です。
感情労働は個人のセルフケアで解決できますか?
セルフケアも必要ですが、それだけでは不十分です。感情労働が一部の人に偏っている場合や、対応後の回復時間がない場合は、職場の業務設計や管理職支援が必要です。
ストレスチェック後の職場改善にどう活かせますか?
部署別・職種別に、感情対応が多い業務を整理し、負担の偏り、相談体制、管理職の声かけ、対応後の振り返りを確認します。感情労働を職場改善のテーマとして扱うことで、離職防止やメンタルヘルス一次予防につながります。
まとめ|感情労働はストレスチェック結果の裏側にある
ストレスチェック制度は、職場のストレス状態を把握するうえで重要な仕組みです。
しかし、感情労働の負担は、通常の調査票だけでは見えにくいことがあります。
特に、対人サービス職、医療・介護・福祉、教育、コールセンター、管理職、クレーム対応の多い部署では、感情の抑制、共感、気配り、感情の不一致が日常的に起こります。
感情労働を職場改善につなげるには、尺度の知識だけでは不十分です。
ストレスチェック結果、高ストレス者面談、管理職の観察、職場の声を合わせて見ながら、どこに感情負担が集中しているのかを整理する必要があります。
感情労働を個人の我慢や性格の問題にせず、職場で扱えるストレス要因として見える化することが、これからの健康経営とメンタルヘルス対策に必要です。
感情労働ストレス研修への活用
けんこう総研では、感情労働をストレスチェック後の職場改善、管理職ラインケア、離職防止、メンタルヘルス一次予防につなげる研修を行っています。
対人サービス職、医療・介護・福祉、教育、コールセンター、管理職など、感情労働の負担が見えにくい職場では、研修で共通言語をつくることが有効です。
感情労働の負担を職場で見える化し、管理職支援や職場改善につなげたいご担当者様は、以下のページをご覧ください。
参考文献
- 松本泉美「職業性ストレス調査票におけるストレス特性としての感情労働に関する再考」Bulletin of Kio University, 16(2), 59-66, 2021.
- Hochschild, A. R. (1983). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. University of California Press.
- 荻野佳代子ほか「対人援助職就労者を対象とする感情労働尺度」関連研究。
- Zapf, D. et al. Frankfurt Emotion Work Scales 関連研究。
文責:タニカワ久美子