健康経営戦略・KPI・エビデンス
健康経営の施策を始めたのに、社員から「また会社に言われた」「結局やらされるのでは」と距離を置かれることがあります。反対の声は出ていなくても、以前より質問や相談が減り、形式的な参加だけが続く場合もあります。
休憩、運動、セルフケア、ストレス管理研修、健康相談。社員の健康を考えた取り組みであっても、本人が選べるか、断った場合にどう扱われるか、健康情報が何に使われるかが曖昧だと、押しつけや不信感につながることがあります。
健康施策への反発や静かな不信が見られたときは、社員の健康意識を疑う前に、説明の仕方、選択肢、情報の管理、参加できる職場条件を確かめることが重要です。
この記事では、人事総務・健康経営担当者が、社員の反応を見分け、押しつけにならない案内へ修正するための判断基準と具体的な説明例を紹介します。

健康施策への「反発」と「静かな不信」は、現れ方が違う
健康施策に対する社員の反応は、「参加する・参加しない」だけでは読み取れません。はっきり拒否する場合もあれば、表面上は協力しながら、会社への質問や相談を控える場合もあります。
| 見られる反応 | 考えられる背景 | 人事総務が確認すること |
|---|---|---|
| 「強制ですか」と聞かれる | 断れない、評価に響くという不安 | 任意性と不参加時の取扱いが伝わっているか |
| 参加を明確に断る | 内容が合わない、時間がない、情報を渡したくない | 本人の選択と職場上の制約を分けて確かめる |
| 出席はするが質問が減る | 健康情報の扱いへの警戒、発言しにくさなど | 意見を伝えられる窓口と説明の不足がないか |
| アンケートは無難な回答に偏る | 回答者が特定される心配、率直に答えにくい環境など | 回答方法・集計単位・閲覧範囲を見直せるか |
| 案内をしても利用が進まない | 施策を知らない、時間が取れない、方法に納得できない | 情報の到達、勤務条件、複数の参加方法 |
こうした反応だけで、社員が不信感を抱いていると断定することはできません。繁忙期や施策への関心の違いなど、別の要因もあります。反応を「やる気がない証拠」と扱わず、確認すべき手掛かりにすることが出発点です。
健康施策が「押しつけ」と受け取られる4つの場面
会社側の意図と、社員側の受け取り方が食い違いやすい場面を整理します。
| 会社側の働きかけ | 社員が感じるかもしれない不安 | 見直したい条件 |
|---|---|---|
| 上司が健康プログラムをすすめる | 断ると評価に響くのではないか | 任意参加なら、断っても不利益がない運用を明確にする |
| 全社員に同じセルフケアをすすめる | 体調や働き方を無視されている | 別の方法や参加時期を選べるようにする |
| 健康データから行動を提案する | 健康状態を会社に管理されるのではないか | 目的・取得項目・利用者・保存・二次利用のルールを示す |
| 忙しい職場で休憩や運動を促す | できないのに自己管理だけ求められる | 業務量、交代要員、時間帯など職場側の条件も整える |
社員が反発したとき、説明や勧誘を増やすだけでは解決しない場合があります。施策を届ける側の働きかけと、受ける側に残されている選択肢を確認します。
善意で始めた健康施策が、なぜ静かな不信につながるのか
「社員のために行う」「健康を守りたい」という目的に問題がなくても、それだけでは社員は安心して判断できません。特に健康情報を扱う施策では、今の使い道だけでなく、将来も別の目的に使われないかという心配が生じることがあります。
例えば「評価には使いません」と口頭で伝えても、閲覧できる人や保存期間、運用ルールの変更方法が不明なら、疑問は残ります。善意を強調するより、会社として守る範囲を具体化することが必要です。
| 説明に不足しやすい点 | 社員に残る疑問 | 明文化したい内容 |
|---|---|---|
| 目的の具体性 | 何のためにデータや参加記録を集めるのか | 解決したい職場課題と、施策で確認する変化 |
| 支援と管理の境界 | 個人の行動や評価を管理するためではないか | 取得する情報、取得しない情報、評価等への非利用範囲 |
| 情報の将来の使い道 | 後から利用目的が変わらないか | 目的変更時の説明、必要な同意・手続き、アクセス権限 |
| 見直し条件 | 合わなくても参加を求められ続けるのか | 意見の受付方法、改善時期、縮小・停止の条件 |
説明した事実と、社員が判断できる状態になったことは別です。手順の説明に加え、「参加しないときはどうなるか」「情報を誰が見るか」「途中で方法を変えられるか」まで伝えましょう。

反発の背景にある「選択の自由を奪われた感覚」
自分で選べるはずの行動を強く指示されたと感じると、反発したり、その行動を避けたくなったりすることがあります。心理学では、こうした反応を心理的リアクタンスと呼びます。健康に関するメッセージでも、自由を制限するような表現は抵抗感につながり得ることが研究されています。
ただし、参加しない社員がすべて心理的リアクタンスを示しているわけではありません。施策が体調に合わない、業務時間を確保できない、健康情報を渡したくない、といった理由もあります。
また、上司や人事総務からの「おすすめ」は、発信者の立場によって指示と受け取られることがあります。任意の施策なら、「会社は強制していない」ではなく「社員が本当に断れる」状態を確保することが重要です。
「任意参加」を、社員が信頼できる説明に変える
参加しない選択肢を具体的に示す
任意の健康プログラムでは、参加以外の選択肢を説明します。例えば、資料だけ受け取る、別の時間帯に参加する、他の方法を選ぶ、今回の参加を見送る、といった方法です。実際には認めていない選択肢を案内文に書いてはいけません。
不参加による取扱いを明確にする
任意施策なら、参加の有無を人事評価に使わないこと、不参加理由の申告を求めないことなど、会社が実際に守るルールを具体的に示します。管理職にも同じ内容を共有し、個別の参加圧力が生じないようにします。
健康情報の取得・閲覧・二次利用を説明する
- 何の情報を、何の目的で取得するのか
- 誰が閲覧できるのか、個人が識別される形で共有するのか
- どの程度の期間保存し、いつ削除するのか
- 人事評価や配置など、どの目的には利用しないのか
- 利用目的や運用ルールを変更する場合、どのように説明し、必要な手続きを行うのか
- 質問や苦情、情報の取扱いに関する相談先はどこか
健康情報には慎重な取扱いが必要です。取り扱う情報の種類と法令・社内規程に応じて、産業保健スタッフや個人情報保護の担当者とも確認してください。本人の同意が必要かどうかも、情報と利用目的に応じて判断します。
必要な受診・教育と、任意の健康プログラムを混同しない
法令や業務上の必要性に基づく健康診断・教育などと、本人の選択に委ねる健康プログラムは区別します。必要な手続きには根拠と対象範囲を示し、一方で個人の健康状態の開示や特定のセルフケア行動まで一律に求めないよう整理します。
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健康施策の伝え方を変える具体例
命令と受け取られやすい言葉は、目的と選択肢、会社が守る取扱いを示す言葉へ変えます。ただし、言い換えだけでなく、実際の運用も一致させることが必要です。
| 見直したい伝え方 | 伝え直す例 |
|---|---|
| 「全員、昼休みに運動してください」 | 「疲労対策として散歩やストレッチを紹介します。体調と勤務条件に合う方法を選んでください」 |
| 「ストレスを感じたら必ず上司に相談を」 | 「相談先は上司、人事、専門窓口などから選べます。話しやすい窓口をご利用ください」 |
| 「健康のための施策なので安心してください」 | 「取得する情報と利用目的、閲覧できる人、利用しない目的、問い合わせ先を事前にご案内します」 |
| 「参加率が低い部署は声かけを強化します」 | 「参加しにくい時間帯や業務上の事情を確認し、案内方法と参加条件を見直します」 |
| 「評価には使わないので問題ありません」 | 「人事評価には利用しないルールとアクセス権限を確認いただけるよう、取扱いを文書でご案内します」 |
この例文は、実際の制度や情報管理が記載内容に合っている場合に使用してください。運用で守れない約束を先に示すことは、かえって不信感につながります。
社員の努力だけにせず、職場で行動できる条件を確かめる
「休憩を取りましょう」と案内しても、電話対応や人員不足で席を離れられない職場があります。「早めに相談を」と伝えても、管理職が忙しく相談の時間が取れない場合もあります。
- 休憩を取りにくい時間帯や業務配置になっていないか
- 相談しても業務量の調整につながらない状態ではないか
- 交代勤務者や在宅勤務者にも利用できる方法があるか
- 管理職自身にも相談・休憩の機会があるか
- 施策のための時間を会社が用意できているか
本人が選べる健康行動と、会社が改善できる職場条件はセットです。実行できない理由を社員の健康意識の低さに置き換えないことが重要です。
参加率が低い・本音が出ないときは、勧誘を強める前に理由を分ける
| 考えられる状態 | 確認方法 | 見直す方向 |
|---|---|---|
| 案内を知らない | 周知経路と説明の到達を確認する | 目的・対象・利用方法を簡潔に伝える |
| 参加したいが時間がない | 勤務時間帯や業務条件を確かめる | 時間・場所・提供方法を変更する |
| 方法が合わない | 代替方法への希望を任意で尋ねる | 参加方法を複数用意する |
| 健康情報を知られたくない | 取扱いへの不安を匿名・任意で確認する | 目的・閲覧範囲・保存・二次利用のルールを明確化する |
| 断りにくさを感じる | 案内者の立場と不参加時の扱いを確かめる | 個別の勧誘を控え、選択権を明示する |
| 協力しているが意見が出ない | 回答方法・匿名性・相談窓口への信頼を確かめる | 集計方法と意見提出の仕組みを見直す |
参加率は、施策への関心だけでなく、勤務条件や選択肢の有無にも左右されます。数値を追う場合も、少人数部署の結果などから個人が推測されないようにしてください。
反発や静かな不信が生じたときの修正手順
- 反応を把握する:表立った反発か、質問・相談の減少か、参加条件によるものかを分ける。推測だけで不信と断定しない。
- 案内の発信者を確認する:上司の推奨が事実上の指示になっていないか確かめる。
- 参加条件を確認する:必要な受講・受診と任意のプログラムを分け、選べる範囲を明示する。
- 健康情報の扱いを点検する:目的、閲覧者、保存、非利用範囲、変更時の手続きを文書化する。
- 職場条件を整える:時間、人員配置、相談先など、実行の障害を減らす。
- 説明を改め、反応を再確認する:変更内容を伝え、本人が安心して判断できるかを確かめる。必要に応じて任意の勧奨を弱める。
一度不信感が生まれると、後から「問題ありません」と説明するだけでは納得が得られないことがあります。説明文の修正と同時に、実際のルールや職場条件を修正したことが伝わるようにする必要があります。
案内を続ける・見直す・いったん控える判断の目安
社員から反応があった場合は、任意施策への働きかけを次のように調整します。健康施策そのものの採否ではなく、社員への伝え方と参加勧奨をどう運用するかの判断です。
| 対応 | 判断の目安 | 実行すること |
|---|---|---|
| 案内を続ける | 目的・任意性・情報取扱いが説明され、利用条件も整っている | 質問窓口を残し、利用しやすさを確認する |
| 伝え方と条件を見直す | 内容には関心があるが、時間不足や説明不足がある | 周知方法、勤務上の配慮、選択肢を修正する |
| 任意の勧奨をいったん控える | 参加圧力が生じている、情報管理上の疑問に答えられない | 個別の働きかけを止め、ルールや説明を整える |
| 専門担当者に相談する | 健康情報の利用や安全衛生上の義務について判断が分かれる | 産業保健、法務、個人情報保護の担当者と確認する |
法令等に基づく必要な措置や、緊急の健康・安全上の対応まで中止することを意味しません。制度上必要な対応と任意の参加勧奨は分けて判断してください。
タニカワ久美子が企業研修で重視する「行動できない理由」と「説明できない不安」
タニカワ久美子の企業研修では、健康行動の必要性を伝えるだけでなく、社員が実行しにくい理由と、施策の説明に残っている疑問を分けて整理することを重視しています。
例えば「休憩を取るように」と伝えても、忙しくて席を離れられないなら業務上の調整が必要です。「安心して参加してください」と伝えても、健康情報を誰が見るか分からないなら情報管理の説明が必要です。
前者は職場条件の問題、後者は説明と運用の問題です。どちらも社員に「もっと健康意識を高めましょう」と求めるだけでは解決しません。
社員が選べる方法を増やすこと、会社が守る範囲を言葉と運用で示すこと。この両方が、健康施策を受け入れやすくするための基盤です。
健康施策を案内する前・見直す前の7項目
| 確認項目 | 人事総務が確認する問い |
|---|---|
| 1. 施策の位置づけ | 法令等に基づく必要な対応と任意施策を区別しているか |
| 2. 目的 | 誰のどの課題を改善するための施策か説明できるか |
| 3. 選択権 | 任意施策では不参加や別の方法を選べるか |
| 4. 不利益の有無 | 不参加時の取扱いと人事評価との関係が明確か |
| 5. 健康情報 | 取得・閲覧・保存・非利用範囲・目的変更時の手続きが明確か |
| 6. 職場条件 | 勤務時間・業務量・相談先などが実行の妨げになっていないか |
| 7. 見直し | 質問や不安が出た際に、案内方法と運用を修正できるか |
特に「任意」「安心」「評価には使わない」といった言葉は、実際の仕組みで守られて初めて信頼につながります。
よくある質問|健康施策への反発と不信感
Q. 反対の声がなければ、社員は納得していると考えてよいですか?
反対がないことだけでは判断できません。質問をしにくい職場や、回答が特定される不安がある場合もあります。ただし、会話が減ったことだけで不信感とも断定できません。匿名・任意で意見を伝えられる方法や、利用条件を確認しましょう。
Q. 任意参加なのに、経営層から参加率を上げるよう求められています。
未参加者への個別勧誘を増やす前に、施策を知っているか、勤務時間に参加できるか、内容が合うかを確認します。参加率だけでなく、利用しやすさと選択肢の改善を報告してください。
Q. 「評価に使わない」と伝えても、健康データの利用を不安がる社員がいます。
口頭の一言だけでなく、取得情報、閲覧できる人、保存期間、目的外利用を防ぐ運用、問い合わせ先を文書で示します。必要な同意や法令上の取扱いについては、専門担当者とも確認します。
Q. 反発があれば健康施策をすべて中止すべきですか?
反発の内容、施策の必要性、法令上の位置づけを分けて判断します。任意の参加勧奨は見直せますが、法令等に基づく措置や緊急の安全対応まで止めることはできません。
まとめ|健康施策への反発と静かな不信は、説明と運用を見直す手掛かり
健康施策への反発や静かな不信は、施策そのものが間違っているから起きるとは限りません。社員が「断れない」「健康情報を管理される」「忙しいのに本人の努力だけを求められる」と感じたとき、善意の働きかけも圧力として受け取られることがあります。
人事総務が確認したいのは、本人の選択権、不参加時の取扱い、健康情報の現在と将来の使い道、実行できる職場条件、説明と運用の一致です。
まず社員の反応を確かめ、案内の仕方と会社側の条件を修正します。健康施策を受け入れてもらうために必要なのは、説得を強めることではなく、社員が安心して判断できる環境を整えることです。
研修が定着しない原因や、対象者・実施条件の見直しについては、健康経営研修が定着しない原因と導入設計も参考にしてください。
社員の選択権を守りながら健康施策を見直したいご担当者へ
けんこう総研では、ストレス管理や健康経営施策について、社員への説明、健康情報の取扱い、参加方法、職場条件を踏まえた見直しを支援しています。まず無料の設計シートで整理し、必要に応じて個別の相談をご検討ください。
参考文献
- Steindl C, Jonas E, Sittenthaler S, Traut-Mattausch E, Greenberg J. Understanding Psychological Reactance: New Developments and Findings. Zeitschrift für Psychologie. 2015;223(4):205–214. 論文を読む。
- Rosenberg BD, Siegel JT. A 50-year review of psychological reactance theory: Do not read this article. Motivation Science. 2018;4(4):281–300. 論文情報。
文責:タニカワ久美子
\n著者・実績・研修依頼
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。