ストレス管理
運動とストレス|ユーストレスが職場の回復力を高める理由
運動とストレスの関係は、「運動すればストレスが消える」という単純な話ではありません。
適度な身体活動は、心身に一定の負荷をかけながら、気分、自己効力感、回復感、社会的つながりを高める可能性があります。このように、負荷が成長や回復につながる場合、そのストレス反応はユーストレス(良性ストレス)の具体例として理解できます。
本記事では、運動が心理的ストレスに与える影響を、エンドルフィン、レジリエンス、自己効力感、社会的つながりの観点から整理し、健康経営や職場のストレスマネジメント研修にどう活かせるかを解説します。

適度な身体活動は、心身の負荷を回復力へ変換するユーストレスの具体例です。
運動とストレスの関係|良い負荷が回復力を育てる
ストレス管理というと、一般には「ストレスを減らす」「ストレスから離れる」という発想になりがちです。しかし職場では、ストレス要因を完全になくすことはできません。
重要なのは、すべてのストレスを排除することではなく、社員が過度な負荷に押しつぶされないようにしながら、適度な負荷を成長や回復につなげることです。
運動は、この考え方を説明しやすいテーマです。運動中には心拍数が上がり、筋肉や呼吸器系にも負荷がかかります。しかし、その負荷が本人の体力や目的に合っていれば、終了後に気分の改善、達成感、睡眠の質の向上、自己効力感の向上につながります。
つまり運動は、ストレス反応そのものを悪者にするのではなく、負荷を回復力へ変換する方法を理解するための実践例です。
ユーストレスとしての運動
ユーストレスとは、本人にとって意味があり、成長や達成感につながる良性のストレスです。運動は、身体に一定の負荷をかける行動でありながら、適切に行えば健康感や前向きな心理状態につながります。
たとえば、軽いウォーキング、ストレッチ、筋力トレーニング、ランニング、チームスポーツなどは、身体に負荷を与えます。しかし、その負荷が本人の体力や目的に合っていれば、疲労だけでなく、爽快感、集中力の回復、自己効力感、睡眠の改善につながります。
この点で、運動は「ストレスはすべて悪い」という誤解を修正する教材になります。
職場のストレス管理では、ストレスを減らす施策だけでなく、社員が適度な負荷を扱える状態をつくることが重要です。運動は、その考え方を具体的に伝えるための入口になります。
エンドルフィンと気分改善のメカニズム
運動後に気分が軽くなる、頭がすっきりする、前向きな感覚が出るという経験は、多くの人にあります。この背景には、エンドルフィンをはじめとした神経化学的な変化が関係すると考えられています。
エンドルフィンは、痛みの緩和や快感に関係する体内物質として知られています。運動による心拍数の上昇、筋活動、呼吸の変化などが、身体にとって適度な刺激となり、運動後の気分改善につながる可能性があります。
ただし、職場施策として重要なのは「エンドルフィンが出るから運動しましょう」という単純な説明ではありません。人によって体力、健康状態、運動経験、心理的抵抗感は異なります。健康経営では、強制的な運動よりも、本人が安全に取り組める身体活動を選べる設計が必要です。
スポーツ参加とメンタルヘルスに関する研究
Narelle Eather、Levi Wade、Aurélie Pankowiak、Rochelle Eimeらの2023年のシステマティックレビューでは、成人のスポーツ参加とメンタルヘルス、社会的成果との関係が検討されています。
この研究では、成人を対象とした複数の研究を整理し、スポーツ参加が心理的ウェルビーイング、自己評価、生活満足度、抑うつ、不安、ストレス、社会的つながりなどと関連することを示しています。
特に注目すべき点は、個人で行う運動だけでなく、チームスポーツや集団での活動が、社会的つながりや所属感にも影響する可能性があることです。
職場に置き換えると、運動施策は単なる体力づくりではありません。社員同士の交流、孤立感の緩和、気分転換、自己効力感の回復といった複数の効果を持つ可能性があります。
運動動機・社会的支援・レジリエンスの研究
Zhen Huiらの2023年の研究では、大学生の運動動機、社会的支援、レジリエンス、メンタルヘルスの関係が検討されています。
この研究では、運動動機がメンタルヘルスと関連し、知覚された社会的支援とレジリエンスがその関係を媒介する可能性が示されています。
この知見を職場へ応用する場合、重要なのは「運動量を増やせばよい」という解釈ではありません。社員が運動や身体活動に取り組む背景には、本人の納得感、周囲の支援、継続しやすい環境、心理的安全性が関係します。
したがって、健康経営施策では、個人に努力を求めるだけでなく、職場側が取り組みやすい環境を設計する必要があります。
職場の健康経営施策にどう活かすか
運動を職場のストレス対策に取り入れる場合、単発イベントとして実施するだけでは不十分です。健康経営の文脈では、運動を「ストレス対処力を高める行動」として位置づける必要があります。
具体的には、次のような設計が有効です。
- 長時間座位を減らすための短時間ストレッチ
- 会議前後の軽い身体活動
- 昼休みや就業後に参加できるウォーキング企画
- 部署単位ではなく、希望者が自由に参加できる運動機会
- 睡眠、疲労、ストレス反応と組み合わせた研修設計
重要なのは、運動を「健康意識の高い人だけの活動」にしないことです。運動が苦手な社員、体力に不安のある社員、メンタル不調を抱える社員にとって、強制的な運動施策は逆にディストレスになる場合があります。
健康経営における運動施策は、参加を強制するものではなく、社員が自分に合った回復行動を選べる状態をつくることが目的です。
人事・総務が見るべき職場課題
運動とストレスの関係を職場に置き換えると、論点は「社員にもっと運動してもらうこと」ではありません。人事・総務、健康経営担当者が見るべきなのは、社員が自分の状態に合わせて回復行動を選べる職場条件があるかどうかです。
たとえば、昼休みが実質的に取りにくい職場、会議が連続して身体を動かす余地がない職場、長時間座位が常態化している職場では、社員にセルフケアを求めても行動にはつながりにくくなります。
また、職場イベントとして運動企画を実施しても、参加が暗黙の義務になれば、健康施策そのものが心理的負担になる場合があります。
健康経営で重要なのは、社員を一律に動かすことではなく、負荷、回復、裁量、支援を組み合わせて、働きながら回復できる環境を設計することです。
健康経営研修で扱うべき3つの視点
1. ストレスを悪者にしない
ストレス反応は、危険を知らせる反応であると同時に、行動を促す反応でもあります。運動を題材にすると、負荷がすべて悪いわけではないことを説明しやすくなります。
2. 回復行動を具体化する
社員に「ストレスをためないようにしましょう」と伝えても、行動にはつながりにくいです。短時間の身体活動、呼吸、睡眠、休憩、相談行動など、回復行動を具体化する必要があります。
3. 職場環境とセットで設計する
個人の努力だけに依存したストレス管理は長続きしません。上司の声かけ、休憩の取りやすさ、業務量調整、心理的安全性、相談導線と組み合わせて設計することで、運動や身体活動の効果を職場施策へ接続できます。
注意点|運動がディストレスになる場合
運動は有効なストレス対策になり得ますが、すべての人に同じ効果が出るわけではありません。
過度な運動、競争を強める企画、参加の強制、体力差への配慮不足は、社員にとってディストレスになる可能性があります。
特に職場では、健康施策が「参加しない人は意識が低い」という空気を生まないよう注意が必要です。健康経営の目的は、社員を一律に管理することではなく、社員が自分の状態に合った回復方法を選べる環境をつくることです。
ユーストレス体系の中での位置づけ
運動によるストレス反応は、ユーストレスを理解するための具体例です。身体に適度な負荷をかけ、その負荷を回復感、達成感、自己効力感につなげるという点で、運動は「良いストレス」を職場で説明するためのわかりやすい入口になります。
ユーストレスの定義、ディストレスとの違い、職場での活用方法については、ユーストレスとは|職場での活用と科学的エビデンス解説で体系的に整理しています。
専門的立場|ユーストレスを職場のストレス対策に活かす
けんこう総研では、ユーストレスを「前向きに考えればよい」という精神論ではなく、負荷、裁量、支援、回復、職場環境の組み合わせとして扱います。
タニカワ久美子は、東京大学大学院 情報学環での研究経験と、企業・教育機関・介護施設・労働組合での研修実務をもとに、ユーストレスの考え方を職場のストレス対策や健康経営に活かす方法を伝えています。
運動とストレスの関係も、個人の健康習慣としてだけでなく、社員が働きながら回復できる職場設計の一部として捉えることが重要です。
まとめ|運動は職場の回復力を高めるユーストレス施策になる
運動は、ストレスを単純に消す方法ではありません。適度な身体活動は、身体に負荷を与えながら、気分、自己効力感、レジリエンス、社会的つながりを高める可能性があります。
この意味で、運動はユーストレスを理解するための実践的なテーマです。
健康経営や職場のストレスマネジメントでは、社員に運動を強制するのではなく、ストレス反応を理解し、自分に合った回復行動を選べるようにすることが重要です。
けんこう総研では、ユーストレスとディストレスの考え方をもとに、社員のセルフケア、管理職のラインケア、ストレスチェック後の職場改善につながるストレスマネジメント研修を行っています。
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出典
- Eather, N., Wade, L., Pankowiak, A., & Eime, R. (2023). The impact of sports participation on mental health and social outcomes in adults: a systematic review and the ‘Mental Health through Sport’ conceptual model. Systematic Reviews, 12, 102.
- Hui, Z., Guo, K., Huang, W. B., Wu, J., Ma, X., Jia, S., & Xing, Z. (2023). Relationship between college students’ exercise motivation and mental health: Chain mediating effect of perceived social support and resilience. Social Behavior and Personality: An international journal, 51(8), e12485.