感情労働ストレス
教員の感情労働を「先生なら当然」で終わらせない判断
教員の仕事には、外から見えにくい感情の負担があります。
授業中は落ち着いた声で話す。児童・生徒の前では不安を見せない。保護者には丁寧に説明する。職員室では周囲との関係を崩さないようにふるまう。
こうした対応は、学校現場では「先生なら当然」と見られやすいものです。
けれども、その当然の中に、教員の感情労働ストレスが残っていることがあります。
この記事では、教員の感情労働を詳しく解説するのではなく、人事総務や学校管理職が「これは本人の対応力の問題なのか、職場として見るべき負担なのか」を判断するための見方を整理します。
感情労働ストレスが職場に残りやすい理由は、感情労働ストレスが職場に残る理由で整理しています。この記事では、教員の現場で見落とされやすい感情負担に絞ります。
「先生なら当然」の中に負担が残る
学校では、教員が感情を整えて対応することが当たり前になりやすくなります。
児童・生徒が落ち着かないときも、教員は学級全体を見ながら声の大きさや表情を調整します。保護者から強い言葉を受けても、学校として冷静に説明します。職員室では、同僚や管理職との関係を考えながら言葉を選びます。
一つひとつは、教員の大切な仕事です。
しかし、どの場面でも感情を抑え、整え、相手に合わせ続ける状態が重なると、本人の内側には疲れが残ります。
人事総務や管理職が見たいのは、「その先生が対応できているか」だけではありません。対応できている先生ほど、負担を外に出さずに抱えていることがあるからです。
授業中の落ち着きだけで判断しない
授業が成立していると、周囲は安心しやすくなります。
教室が大きく荒れていない。児童・生徒に声をかけている。授業の進行も止まっていない。そう見えると、「問題なくできている」と判断されがちです。
けれども、授業中に落ち着いて見えることと、教員の内側が消耗していないことは別です。
落ち着かない児童・生徒に注意を向けながら、学級全体の空気を読み、声のトーンを調整し、予定していた授業も進める。この状態が毎日続けば、授業後に強い疲れが残ります。
管理職が見るべきなのは、授業が成立しているかだけではありません。授業後に表情が戻っているか、次の時間に入る前に少し整える余地があるかです。
保護者対応を「丁寧にできた」で終わらせない
保護者対応では、教員は相手の不安や怒りを受け止めながら、学校としての説明を行います。
その場では冷静に話せていても、対応後に緊張が残ることがあります。
次の連絡が来るのではないか。説明の仕方はよかったのか。管理職にはどこまで共有すべきか。こうした思考が続くと、勤務時間外にも気持ちが切り替わりにくくなります。
人事総務や管理職が見たいのは、保護者対応の件数だけではありません。
難しい対応が同じ先生に戻り続けていないか。対応後に一人で抱えていないか。管理職への共有が「報告」だけで終わり、負担の確認まで届いていないのではないか。
ここを見ないと、保護者対応の負担は「対応できる先生」に集まり続けます。
生活指導のあとに残る迷いを見る
生活指導では、教員は優しさだけでなく、厳しさも使います。
ただし、厳しく言えばよいわけではありません。強すぎれば関係が傷つきます。弱すぎれば指導が届きません。学級全体への影響も考えなければなりません。
そのため、生活指導のあとには、教員の中に迷いが残ることがあります。
あの言い方でよかったのか。もう少し待つべきだったのか。保護者にどう伝わるのか。次に同じことが起きたらどうするのか。
この迷いを本人だけに持ち帰らせると、感情労働は見えない負担として残ります。
管理職の声かけは、「指導できましたか」だけでは足りません。「あの対応のあと、先生の中に残っている迷いはありますか」と、場面を絞って確認する必要があります。
職員間の調整も感情負担として見る
教員の感情労働は、児童・生徒や保護者だけに向けられるものではありません。
職員室の中でも起こります。
同僚との方針の違いを飲み込む。管理職に相談するタイミングを迷う。若手教員を支えるために、自分の負担を後回しにする。職場の空気を乱さないように、本音を抑える。
こうした調整は、表に出にくい負担です。
人事総務が見るべきなのは、本人が相談しているかどうかだけではありません。相談する前に、職員室の空気を読んで黙っていないか。特定の先生が、同僚の聞き役や調整役を担い続けていないかです。
職場で見たい判断材料
| 現場で起きていること | 「当然」と見られやすい対応 | 職場として見る判断 |
|---|---|---|
| 授業中の児童・生徒対応 | 落ち着いて授業を進める | 授業後に強い疲れが残っていないか |
| 保護者対応 | 丁寧に説明する | 対応後の緊張を一人で抱えていないか |
| 生活指導 | 厳しさと配慮を使い分ける | 判断の迷いを持ち帰っていないか |
| 職員間の連携 | 周囲に配慮して協調する | 本音を出せず、調整役が偏っていないか |
| 若手や同僚の支援 | 相談に乗る、支える | 聞き役が固定されていないか |
個人のセルフケアだけに戻さない
教員の感情労働ストレスを、本人のセルフケアだけに戻すと、職場の負担は変わりません。
もちろん、休息や気分転換は大切です。けれども、学校の中で同じ先生に難しい対応が戻り続けているなら、本人の工夫だけでは追いつきません。
「まじめな先生だから大丈夫」
「経験がある先生だから任せられる」
「本人が何も言っていないから問題ない」
こうした見方が続くと、感情労働は職場に残ります。
必要なのは、本人を弱いと見ることではありません。先生がどの場面で感情を使い続けているのかを、職場の判断材料にすることです。
専門職でも迷う判断ポイント
専門職でも迷うのは、どこから職場課題として扱うかです。
授業はできている。保護者対応も終えている。生活指導も行っている。本人も「大丈夫です」と言っている。
この状態では、表向きは問題が見えにくくなります。
けれども、授業後に表情が戻らない。保護者対応後に緊張が続いている。生活指導の判断を一人で抱えている。職員室で相談役が固定されている。
こうした違和感があるなら、本人の申し出を待つだけでは遅れることがあります。
この段階で見るべきなのは、診断名ではありません。職場のどこに感情負担が残っているかです。
研修前に整理したいこと
研修前に整理したいのは、教員の感情労働の説明ではありません。
どの業務が「先生なら当然」と扱われているか。どの先生に、難しい対応や聞き役が戻っているか。管理職が、対応後の負担まで確認できているか。人事総務に共有する前の違和感が、現場内で止まっていないか。
ここを見ないまま研修を行うと、受講者は「感情労働は大切なテーマだ」と理解しても、職場ではまた同じ負担が同じ先生に戻ります。
記事で扱えるのは、問題の見方までです。実際の職場では、学校ごとの業務分担、管理職の関与範囲、人事総務への共有基準を見ながら、扱い方を分ける必要があります。
タニカワ久美子が見る現場の違和感
タニカワ久美子が教育機関の研修現場で見てきたのは、感情労働ができる先生ほど、負担が見えにくくなるということです。
授業を止めない先生。保護者対応から逃げない先生。生活指導で厳しさを引き受ける先生。職員室で聞き役になっている先生。
こうした先生は、学校の中で頼られます。
しかし、頼られていることと、支えられていることは別です。
人事総務や管理職が見たいのは、よくできる先生をさらに頼ることではありません。その先生の後ろに、どの感情負担が残っているかです。
「先生なら当然」を職場の判断材料に変える
教員の感情労働は、教育の質を支える大切な仕事です。
だからこそ、「先生なら当然」で終わらせると、負担は見えないまま残ります。
授業後の疲れ、保護者対応後の緊張、生活指導後の迷い、職員室での聞き役の偏り。
これらを本人の弱さではなく、職場で見るべき負担として扱えていますか。
参考文献
- 矢部育子ほか「中学校教員用感情労働尺度構成の試み」健康心理学研究, 2011, 24(1), 59-66.
- Hochschild, A. R. The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling, 1983.
文責:タニカワ久美子
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。