ストレス計測・行動変容|健康経営のKPI設計と研修効果測定
睡眠中HRV測定|ウェアラブルデータを健康経営で読む視点
この記事では、睡眠中のウェアラブルによるHRV測定と、翌朝の疲労感や回復感の見方を取り上げます。ストレス管理の基本は「ストレス管理(Self-Management)とは」で紹介しています。
同じストレス管理でも、本記事は睡眠デバイスの選び方ではありません。睡眠中の心拍数変動、休息時心拍数、総睡眠時間などの測定値を、健康経営や職場の疲労対策でどう扱うかに焦点を当てています。
この記事は、測定機器の導入可否や、どのウェアラブルが正確かを決めるための記事ではありません。人事総務・健康経営担当者の方が、睡眠中HRVの数値を読みすぎず、本人の体感、勤務状況、休憩、研修後の変化と合わせて見られるように紹介します。
睡眠中HRV測定は何を見る研究なのか
睡眠中のHRV測定は、眠っている間の身体の回復状態を考える手がかりになります。HRVとは、心拍と心拍の間隔のゆらぎを見る指標です。
睡眠中は、日中の仕事や活動から離れ、身体が回復に向かう時間です。そのため、睡眠中の心拍、心拍数変動、睡眠時間などは、翌朝の疲労感や回復感を考える材料になります。
ただし、睡眠中HRVの数値だけで、「この人は回復している」「この人はストレスが高い」と判断することはできません。睡眠環境、勤務負荷、運動、飲酒、カフェイン、体調、測定機器の装着状態など、多くの要因が影響するためです。
職場で大切なのは、睡眠中HRVを社員の評価に使うことではありません。従業員が自分の疲れや回復不足に気づき、休憩や働き方を見直すための材料として扱うことです。
研究の対象者とデータ収集の特徴
この研究では、オランダ軍の従業員73名を対象に、最大8週間にわたりデータが集められました。参加者は、訓練中の海兵隊員43名と、防衛医療組織のスタッフ30名でした。
参加は自発的で、健康データの利用について明示的な同意が得られています。また、軍事的な文脈があるため、参加者の年齢、性別、職種などの詳細な属性データは収集されていません。
| 項目 | 研究での扱い | 健康経営で読むときの注意点 |
|---|---|---|
| 対象者 | オランダ軍関係者73名 | 一般企業の社員にそのまま当てはめない |
| 期間 | 最大8週間 | 一晩の測定ではなく、継続的な変化を見る視点がある |
| 参加方法 | 自発参加と明示的同意 | 職場でも本人同意が前提になる |
| 属性情報 | プライバシー上の理由で限定 | 少ない情報で読みすぎない慎重さが必要 |
| データ保存 | 自己ホスト型サーバーで管理 | 健康データの保管先と管理責任を確認する必要がある |
健康経営で参考にする場合、この研究の対象者が特殊な職業集団であることを踏まえる必要があります。研究の数値をそのまま社内施策に当てはめるのではなく、「睡眠中の身体反応と翌朝の体感を合わせて見る」という考え方を参考にします。
睡眠中のHRVはどのように測定されたのか
研究では、参加者がウェアラブルウォッチを着用し、睡眠中の心拍間隔データを取得しています。心拍間隔とは、一つの心拍から次の心拍までの時間のことです。
このデータは、加速度計による手首の動きと、光電容積脈波法による心拍の推定をもとに扱われています。つまり、ウェアラブルは心電図そのものを直接測っているのではなく、手首で得られる信号から心拍間隔を推定しています。
そのため、睡眠中HRVを職場で見る場合は、「測れているから正しい」と考えないことが重要です。装着のゆるみ、寝返り、手首の位置、動き、機器ごとの処理方法によって、データの質は変わります。
| 測定要素 | 何を見ているか | 職場での注意点 |
|---|---|---|
| 加速度計 | 手首の動き | 静かにしていても眠っているとは限らない |
| 光電容積脈波 | 手首から推定される心拍 | 装着状態や動きの影響を受ける |
| 心拍間隔 | 心拍と心拍の間隔 | ノイズや欠損を含むことがある |
| 睡眠エピソード | 睡眠と推定された時間帯 | 実際の入眠・覚醒とズレる場合がある |
| HRV | 心拍間隔のゆらぎ | 単独でストレスや回復を断定しない |
睡眠検出では「寝ているように見える時間」に注意する
ウェアラブルの睡眠測定では、手首の動きが少ない時間を睡眠として推定することがあります。しかし、手首が動いていないからといって、必ず眠っているとは限りません。
たとえば、ベッドでスマートフォンを見ている時間、読書をしている時間、横になっているけれど眠れていない時間も、動きが少ないため睡眠として扱われることがあります。
研究では、このような誤分類を減らすために、睡眠検出の条件を調整しています。動きの少ない時間だけでなく、HRVが高く出るタイミングなども参考にして、睡眠エピソードの開始を見直しています。
健康経営で睡眠データを見るときも同じです。ウェアラブルの睡眠時間をそのまま「実際に眠れていた時間」と断定せず、本人の感覚と合わせて見る必要があります。
HRV指標としてrMSSDが使われた理由
この研究では、睡眠中HRVの主な指標としてrMSSDが使われています。rMSSDは、連続する心拍間隔の変化をもとに計算される指標です。
HRVにはさまざまな指標がありますが、日常生活でウェアラブルを使う場合、データには動きや欠損が入りやすくなります。そのため、研究では比較的ロバストに扱いやすい時間領域の指標として、rMSSDが選ばれています。
また、統計的に扱いやすくするため、rMSSDは対数変換され、lnrMSSDとして分析されています。
| 用語 | 意味 | 健康経営での読み方 |
|---|---|---|
| IBI | 心拍と心拍の間隔 | HRV計算のもとになるデータ |
| rMSSD | 連続する心拍間隔の変化を見るHRV指標 | 回復や自律神経反応を見る手がかり |
| lnrMSSD | rMSSDを対数変換した値 | 研究上、統計的に扱いやすくした指標 |
| RHR | 睡眠中の平均心拍数 | 疲労や回復を見る補助情報 |
| TST | 総睡眠時間 | 眠っていたと推定される時間 |
人事総務の担当者がここで押さえるべきことは、専門的な計算式そのものではありません。ウェアラブルのHRVには、データの取り方、欠損、外れ値、統計処理が関わっているという点です。
モーションアーチファクトと欠損データの問題
日常生活でウェアラブルを使うと、測定データにはノイズが入ります。睡眠中でも、寝返り、腕の位置、装着状態、センサーの接触などによって、心拍間隔のデータが乱れることがあります。
研究では、このようなモーションアーチファクトを取り除く処理が行われています。前後の心拍間隔と比べて大きく外れた値を削除し、さらに外れ値を除いたうえで、一定以上の有効なデータが残っている睡眠エピソードだけを分析対象にしています。
この点は、健康経営でウェアラブルデータを使うときにも重要です。数値が表示されているからといって、その数値が常に安定しているとは限りません。
- 装着がゆるいと測定が不安定になる
- 寝返りや動きで心拍間隔データが乱れる
- 欠損データが多い日は比較しにくい
- 機器やアプリごとの計算方法が異なる
- 一晩の数値だけで判断しない
測定値は、社員の状態を決めるためではなく、本人が自分の疲れや回復不足に気づくための補助情報として扱う必要があります。
翌朝の精神的・身体的フィットネスとは何か
この研究では、睡眠中のHRVと、翌朝に本人が感じる精神的・身体的な状態との関係が見られています。
ここでいう精神的フィットネスは、朝の気分、集中しやすさ、前向きさ、心の準備ができている感覚などに関係します。身体的フィットネスは、疲労感、身体の重さ、回復感、活動に向かう準備感などに関係します。
健康経営の現場では、これを難しい評価項目として扱う必要はありません。人事総務の担当者が見るべきなのは、従業員が翌朝に「回復できている」と感じられているか、疲労を抱えたまま出勤していないかという点です。
| 見る項目 | 本人の体感 | 職場で考えたいこと |
|---|---|---|
| 朝の疲労感 | 身体が重い、だるい | 睡眠不足や前日の負荷が続いていないか |
| 気分の状態 | 気持ちが重い、切り替えにくい | 心理的負担や相談しにくさがないか |
| 集中しやすさ | 頭が働きにくい | 長時間労働や休憩不足がないか |
| 回復感 | 休んだ感じがしない | 睡眠の質や休日の過ごし方も見る |
| 行動の変化 | 休憩や睡眠を意識するようになった | 研修後のセルフケアにつなげる |
健康経営で睡眠中HRVを使うときの注意点
睡眠中HRVやウェアラブルデータは、健康経営で役立つ可能性があります。しかし、職場で扱う場合は、個人の健康情報として慎重に扱う必要があります。
特に注意したいのは、数値を社員の比較や評価に使わないことです。
- 本人の同意なく睡眠データを集めない
- HRVの高低で社員を比較しない
- 数値だけで疲労や不調を決めつけない
- 評価、査定、配置判断に使わない
- 少人数部署では個人が特定されないようにする
- 睡眠、業務量、休憩、本人の声と合わせて見る
- 必要に応じて産業保健スタッフや専門職につなぐ
睡眠中HRVは、社員を監視するための数字ではありません。従業員が自分の回復不足に気づき、職場として無理をため込みにくい働き方を考えるための材料です。
タニカワ久美子の企業研修で伝えていること
タニカワ久美子の企業研修では、睡眠やHRVの話を、専門用語だけで終わらせません。受講者が、自分の疲れ、睡眠不足、朝のだるさ、呼吸の浅さ、身体のこわばりに気づけるように進めています。
研修の現場では、「眠っているつもりだったけれど、朝の疲れが残っていることに気づいた」「忙しい日は休憩を飛ばしていた」「短い運動や呼吸だけでも身体が少し楽になると分かった」という声が出ることがあります。
人事総務の担当者からも、座学だけではなく、全員で実際にできる軽い運動がある点を評価されています。睡眠やHRVの数値を説明するだけでなく、翌日から職場でできる小さな行動に変えることが大切です。
測定値は、社員の良し悪しを決めるものではありません。本人の体感、職場の様子、研修後の行動変化と合わせて見ることで、健康経営に活かしやすくなります。
人事総務が見たい研修後の変化
睡眠中HRVや睡眠データを健康経営で扱う場合、人事総務の担当者は、数値そのものよりも研修後の行動変化を見ます。
| 見る項目 | 確認したいこと | 次の対応 |
|---|---|---|
| 睡眠の振り返り | 回復不足に気づけたか | 長時間労働や夜間対応後の働き方を見直す |
| 朝の疲労感 | 疲れを持ち越していないか | 休憩や業務量の偏りを見る |
| HRVや心拍の変化 | 身体反応に気づく材料になったか | 本人の体感と合わせて見る |
| 休憩行動 | 短い休憩を取りやすくなったか | 会議前後や午後に休憩を入れやすくする |
| 管理職の声かけ | 部下の疲労サインを見られているか | 早めの声かけや業務量確認につなげる |
研修の効果は、睡眠時間やHRVの数値だけでは見えません。従業員が自分の疲れに気づき、休憩、睡眠、相談、軽い運動などの行動につながったかを見ることが重要です。
医療的な対応が必要な場合
この記事は、睡眠中HRV測定を職場のストレス管理の視点から扱ったものです。医学的な診断や治療を行うものではありません。
強い不眠、朝起きられない状態が続く、強い疲労感、動悸、息苦しさ、めまい、出勤困難、仕事や日常生活に支障が出ている状態が続く場合は、自己判断せず、医療機関や専門職に相談してください。
職場では、管理職や人事担当者が診断をする必要はありません。以前との違いに気づき、本人が相談しやすい状態を作り、必要な相談先につなぐことが重要です。
まとめ:睡眠中HRVは回復を考える手がかりとして使う
睡眠中のウェアラブルHRV測定は、翌朝の疲労感や回復感を考える手がかりになります。
ただし、HRV、休息時心拍数、総睡眠時間などの数値だけで、社員のストレス状態や健康状態を決めつけることはできません。装着状態、測定条件、睡眠環境、勤務負荷、生活習慣、本人の体感と合わせて見る必要があります。
人事総務・健康経営担当者の方は、睡眠中HRVを社員の評価に使うのではなく、休憩、睡眠、業務量、相談しやすさ、研修後の行動変化を見直す材料として活用することが大切です。
睡眠データは、職場を管理するための数字ではありません。従業員が自分の疲れや回復不足に気づき、無理をため込む前に行動を変えるための手がかりです。
参考文献
- Von Elm E, Altman DG, Egger M, Pocock SJ, Gøtzsche PC, Vandenbroucke JP. The STROBE statement: guidelines for reporting observational studies. 2007.
- van Hees VT, Fang Z, Langford J, et al. Autocalibration of accelerometer data for free-living physical activity assessment using local gravity and temperature. 2014.
- Plews DJ, Scott B, Altini M, Wood M, Kilding AE, Laursen PB. Comparison of smartphone photoplethysmography, Polar H7 chest strap, and electrocardiography for HRV recordings. 2017.
- Sheridan DC, Dehart R, Lin A, Sabbaj M, Baker SD. Heart rate variability analysis: how much artifact can we remove? 2020.
- Shaffer F, Ginsberg JP. An overview of heart rate variability metrics and norms. 2017.
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