ストレス管理
深夜残業のランナーズハイ|「まだ頑張れる」を止める職場対策
このストレス管理カテゴリーでは、職場で起こる心身の反応を、社員の不調予防や管理職の対応につなげる視点で扱っています。
本記事の主語は、ランニング後に起こる本来のランナーズハイではありません。深夜残業中に「まだ頑張れる」「頭が冴えている」「今なら一気に終わらせられる」と感じる高揚感です。
その状態は、仕事が順調に進んでいるサインとは限りません。睡眠不足や過重な負荷によって、疲労感が一時的に見えにくくなっている可能性があります。
この記事では、深夜残業中にランナーズハイに似た高揚感が出る理由と、管理職・人事総務が取るべき職場対策を見ていきます。社員の頑張りを美談にせず、判断ミス、翌日のやり直し、健康リスクを防ぐための記事です。

深夜残業中のランナーズハイに似た状態とは
ランナーズハイとは、本来は長時間のランニングや持久運動のあとに、苦しさが軽くなり、気分が高まったように感じる状態を指します。
この現象には、痛みや不快感をやわらげる脳内の反応が関係します。一般にはエンドルフィンがよく知られていますが、現在ではエンドルフィンだけでなく、エンドカンナビノイド系を含む複数の仕組みが関わると考えられています。
ただし、深夜残業中に起こる高揚感は、運動によるランナーズハイそのものではありません。走っているわけではなく、身体を鍛えているわけでもありません。
それでも、強い負荷の中で疲労感が一時的に鈍り、「まだできる」「今なら一気に終わらせられる」と感じる点では、ランナーズハイに似た状態として説明できます。
重要なのは、その高揚感が回復を意味しないことです。深夜帯に気分が高まっていても、身体と脳は休息を必要としている可能性があります。
深夜残業の高揚感を「やる気」と誤認してはいけない
深夜残業では、締切、責任感、周囲への遠慮、評価への不安が重なります。そのため、本人は休む判断をしにくくなります。
「集中できている」「いま止めるともったいない」「今日中に終わらせたい」と感じることがあります。しかし、その時点で注意力や判断力がすでに落ちている場合があります。
とくに管理職がこの状態を「頑張っている」「責任感がある」と評価してしまうと、深夜残業が常態化しやすくなります。
深夜帯の高揚感は、成果を生むエネルギーではなく、疲労感が見えにくくなっているサインとして扱う必要があります。
健康リスクは本人の体調問題だけではない
深夜残業による睡眠不足や疲労蓄積は、本人の体調だけでなく、職場全体の業務品質にも影響します。
睡眠不足が続くと、日中の眠気、疲労、注意力や判断力の低下が起こりやすくなります。これらは、作業効率の低下、確認漏れ、やり直し、対人トラブルにつながります。
つまり、深夜残業は「本人が頑張れるかどうか」の問題ではありません。翌日の業務品質、チームの安全配慮、管理職のマネジメント、健康経営の実効性に関わる問題です。
深夜残業で起こりやすい業務影響
深夜残業の問題は、労働時間の長さだけではありません。深夜帯に高い判断力を必要とする作業を続けることで、翌日以降に業務上の影響が出やすくなります。
判断ミスと確認漏れ
疲労感が鈍っている状態では、本人は「大丈夫」と感じていても、細かな確認が雑になりやすくなります。
資料作成、数値入力、設計確認、評価作業、顧客対応などでは、翌日の差し戻しや修正作業が増えることがあります。
感情コントロールの低下
睡眠不足や疲労が重なると、普段なら受け流せる指摘に過敏になることがあります。
部下、同僚、顧客への対応が荒くなったり、会議での言い方が強くなったりすることもあります。これは本人の性格だけの問題ではなく、疲労による調整力の低下として見る必要があります。
翌日の生産性低下
深夜に長時間作業をして、一時的に仕事が進んだように見えても、翌日に集中力が落ちると、修正ややり直しが増えます。
その結果、総合的な生産性は下がることがあります。「深夜に頑張ったから成果が上がった」とは限りません。
ヒューマンエラーと安全リスク
運転、機械操作、医療・介護、警備、教育、情報システム対応などでは、深夜残業後の判断ミスが事故やトラブルにつながる可能性があります。
深夜帯の作業が避けられない職場ほど、作業内容と翌日の回復時間を分けて考える必要があります。
企業研修で見える「深夜に元気になる社員」
タニカワ久美子の企業研修では、管理職の方から「夜になると急に集中して仕事を進める社員がいます」という相談を受けることがあります。
ある研修では、若手社員さんが「深夜になると静かで邪魔が入らないので、むしろ仕事が進みます」と話しました。本人は前向きに話していましたが、詳しく聞くと、翌朝は強いだるさがあり、午前中の会議では発言が減り、午後になってようやく頭が動くという状態でした。
このときタニカワ久美子が伝えるのは、「頑張りすぎです」と責めることではありません。まず、深夜に元気になったように感じることと、本当に回復していることは違うと説明します。
そのうえで、判断が必要な仕事は翌朝へ回す、深夜帯は作業を区切る、翌日の始業や会議の入れ方を調整するなど、職場としてできる対策に落とし込みます。
人事総務・健康経営担当者にとっても、この視点は重要です。深夜残業中に明るく見える社員を「元気だから大丈夫」と判断しないことです。本人の頑張りの裏に、睡眠不足、疲労蓄積、判断力低下、翌日の生産性低下が隠れていないかを見ることが、管理職教育と健康経営の実効性につながります。
現場で見逃しやすい兆候チェック
人事総務や管理職は、深夜残業の時間数だけでなく、次の兆候を確認する必要があります。
| 見える兆候 | 考えられる背景 | 職場で確認したいこと |
|---|---|---|
| 深夜帯に気分が高まり、翌朝の強いだるさが常態化している | 疲労感の鈍化、睡眠不足 | 翌日の勤務開始時刻や会議予定を調整できているか |
| 深夜の作業量は多いが、翌日のやり直しが増えている | 確認力や判断力の低下 | 深夜帯に判断業務を残していないか |
| 午前中の会議で発言が減る、反応が遅れる | 回復不足、集中力低下 | 休憩や業務配分を見直しているか |
| 深夜残業を本人の責任感として処理している | 職場文化としての過重負荷 | 管理職が切り上げる合図を出せているか |
複数の項目が当てはまる場合、必要なのは個人への注意喚起だけではありません。勤務設計、管理職の声かけ、業務配分、回復機会の見直しが必要です。
人事総務・管理職が取るべき実務対策
深夜作業のルールを明確にする
深夜作業を完全にゼロにできない職場でも、事前承認、上限時間、翌日の勤務調整、代替要員、作業内容の制限を明文化することはできます。
特に、高い判断力を必要とする業務を深夜帯に残さない設計が重要です。
高負荷タスクを翌朝へ移す
深夜帯に残す作業は、単純な整理や出力確認に限定し、判断を伴う作業、顧客対応、重要な意思決定、設計確認、評価作業は翌朝へ移す運用が必要です。
「今日中に終わらせる」よりも、「翌朝に安全に仕上げる」ほうが、結果的に差し戻しやミスを減らせます。
管理職が止める合図を出す
深夜残業が続く職場では、本人が自分で止める判断をしにくくなります。
管理職が「今日はここで切る」「判断が必要な部分は明日の朝に回す」「帰宅後に運転があるなら作業を終える」といった具体的な声かけを行う必要があります。
疲労サインを管理職教育に入れる
管理職研修では、メンタルヘルスの一般論だけでなく、疲労感の鈍化、過集中、睡眠不足、判断力低下、確認漏れの関係を扱う必要があります。
深夜帯に「元気そうに見える社員」を、好調ではなくリスク状態として見極める視点が必要です。
ストレス管理研修で扱うべき内容
深夜残業の問題は、単に「早く帰りましょう」と伝えるだけでは改善しません。
研修で扱うべきなのは、本人のセルフケアだけではありません。管理職の判断、職場のルール、勤務実態、回復機会の設計まで含める必要があります。
- 深夜残業と疲労蓄積の関係
- 睡眠不足による注意力・判断力低下
- 疲労感が鈍る状態の見極め
- 管理職の声かけと業務切り上げ判断
- 翌日やり直し率・確認漏れ・深夜稼働率の確認
- 繁忙期における勤務設計と回復機会の確保
この記事を読んだ方によくある質問
深夜残業を完全にゼロにできない部署でも対策できますか?
はい。完全ゼロを前提にしなくても、高負荷タスクを翌朝へ移す、深夜帯の判断業務を制限する、翌日の勤務調整を行うなど、現実的な対策は可能です。
研修だけで深夜残業は減りますか?
研修だけで制度は変わりません。ただし、管理職が疲労サインを理解し、業務の切り上げ判断や声かけを行えるようになることで、深夜残業の常態化を止めるきっかけになります。
どのような項目を見ればよいですか?
深夜稼働率、翌日のやり直し、確認漏れ、インシデント件数、欠勤傾向、本人アンケートによる睡眠時間や疲労感などを、無理のない範囲で確認します。
どの業種に向いていますか?
情報システム、教育機関、医療・介護、製造、運輸、警備、研究開発、管理部門など、繁忙期や締切前に深夜残業が発生しやすい職場に向いています。
深夜残業の高揚感は、成果ではなく疲労サインとして見る
深夜残業中に「まだ頑張れる」と感じる高揚感は、仕事が順調に進んでいるサインとは限りません。
睡眠不足や高負荷状態によって疲労感が鈍り、本人も周囲も限界に気づきにくくなっている可能性があります。
企業のストレス管理では、個人の努力や根性に頼るのではなく、勤務実態、回復機会、管理職の声かけ、翌日の業務品質まで含めて考える必要があります。
深夜残業によるランナーズハイに似た状態を正しく理解することは、健康経営、労務管理、管理職教育、ストレス管理の実効性を高めるうえで重要です。
けんこう総研では、管理職が部下の疲労サインに気づき、深夜残業や長時間労働を本人任せにしないためのラインケア研修を行っています。
参考文献
- Boecker H, et al. The Runner’s High: Opioidergic Mechanisms in the Human Brain. Cerebral Cortex. 2008.
- Fuss J, et al. A runner’s high depends on cannabinoid receptors in mice. PNAS. 2015.
- 厚生労働省|健康づくりのための睡眠ガイド2023
- 厚生労働省|過重労働による健康障害を防止するため事業者が講ずべき措置
文責:タニカワ久美子