感情労働ストレス
日本型の感情労働を個人の気遣いで終わらせない判断
日本の職場では、相手の気持ちを先に読むこと、場の空気を乱さないこと、迷惑をかけないことが大切にされやすい傾向があります。
接客では丁寧に謝る。介護や看護では相手の不安を受け止める。教育現場では保護者や生徒に合わせて言葉を選ぶ。管理職は部下の不安を聞きながら、自分の動揺を出さずに調整する。
こうした気遣いは、職場を支える大切な働きです。
ただし、それが「できる人の個人努力」として扱われ続けると、感情労働ストレスは職場に残ります。
この記事では、日本の感情労働を研究史として詳しく説明するのではなく、人事総務・管理職が「おもてなし」「空気を読む」「迷惑をかけない」という職場文化の中で、感情負担が誰に残っているかを見るための視点を整理します。
感情労働ストレスが職場に残りやすい理由は、感情労働ストレスが職場に残る理由で整理しています。この記事では、日本型の職場文化に絞って見ていきます。
日本型の感情労働は、気遣いとして見えにくい
日本の職場では、感情労働が「気遣い」「配慮」「大人の対応」として見えにくくなることがあります。
本当は納得できないのに、丁寧に説明する。本当は傷ついているのに、平気な顔をする。本当は疲れているのに、相手を不安にさせないよう笑顔で対応する。
こうした対応は、仕事の質を支える面があります。
しかし、職場がその負担を見ないまま「それくらい当然」と扱うと、感情労働は本人の中に残ります。
人事総務が見たいのは、気遣いができているかではなく、その気遣いが特定の人に戻り続けていないかです。
おもてなしが、従業員の我慢に変わるとき
おもてなしや丁寧な対応は、日本の職場の強みとして語られることがあります。
ただし、顧客満足や利用者満足が強調されすぎると、働く側の感情負担が後回しになります。
理不尽な要求にも丁寧に謝る。強い口調で責められても冷静に対応する。相手を不快にさせないために、自分の怒りや不安を出さない。
この状態が続くと、おもてなしは専門性ではなく、従業員側の我慢になります。
管理職が見るべきなのは、クレームが収まったかどうかだけではありません。その対応をした社員の中に、緊張や悔しさが残っていないかです。
空気を読む人に、調整役が集まりやすい
職場では、空気を読める人ほど頼られやすくなります。
会議で場が重くなったときに言葉を選ぶ。お客様や利用者の不満をやわらげる。職員同士の方針の違いを受け止める。部下と上層部の間に立つ。
こうした人は、周囲から「調整がうまい人」と見られます。
しかし、調整がうまいことと、負担がないことは別です。
空気を読める人に、聞き役、謝る役、なだめる役、間に入る役が集まり続けていないか。人事総務や管理職は、そこを見る必要があります。
職場で見たい判断材料
| 日本型の職場文化 | 現場で起きやすいこと | 人事総務・管理職が見る判断 |
|---|---|---|
| おもてなし | 顧客や利用者への丁寧さが当然になる | 丁寧に対応した社員の負担を見ているか |
| 空気を読む | 場を整える人に調整役が集まる | 聞き役や仲介役が固定されていないか |
| 迷惑をかけない | 困っていても相談を控える | 相談が上がる前の抱え込みを見ているか |
| 大人の対応 | 怒りや悔しさを出さずに処理する | 感情を抑えた後の回復があるか |
| 顧客満足の重視 | 従業員側の我慢が見えにくくなる | どこから組織対応に切り替えるか決まっているか |
ケア職だけの問題にしない
日本では、感情労働は看護、介護、福祉、教育などのケア職で語られやすいテーマです。
もちろん、これらの職場では相手の不安や怒り、苦しさに向き合う場面が多く、感情労働の負担は大きくなります。
ただし、感情労働はケア職だけの問題ではありません。
接客、販売、営業、コールセンター、行政窓口、人事総務、管理職、社内調整にもあります。
「人と関わる仕事だから仕方ない」と片づけると、どの業務で、誰に、どの感情負担が残っているのかが見えなくなります。
もっと丁寧に、だけでは職場は変わらない
トラブルやクレームが起きると、職場では「もっと丁寧に対応しよう」「もっと相手に寄り添おう」と言われることがあります。
その言葉自体は悪くありません。
しかし、現場で感情労働が限界に近い状態のとき、この言葉はさらに我慢を求める言葉になることがあります。
必要なのは、丁寧さを増やすことだけではありません。
理不尽な要求をどこまで個人で受けるのか。どの段階で管理職が入るのか。クレーム対応後に社員が一人で気持ちを持ち帰っていないか。ここを見る必要があります。
専門職でも迷う判断ポイント
専門職でも迷うのは、どこまでを本人の接遇力や対人力として見て、どこからを職場負担として扱うかです。
空気を読める社員がいる。丁寧に謝れる社員がいる。相手の気持ちを先回りできる社員がいる。
その力は職場にとって大切です。
けれども、その人に難しい対応が集まり続けているなら、それは強みではなく負担の偏りかもしれません。
見るべきなのは、社員の気遣いの上手さだけではありません。その気遣いが、職場の中でどれだけ消耗を生んでいるかです。
研修前に整理したいこと
研修前に整理したいのは、感情労働の定義や研究史ではありません。
おもてなしや丁寧な対応が、誰の我慢で支えられているか。空気を読める人に、調整役が集まっていないか。迷惑をかけない文化の中で、相談が上がる前に抱えている社員はいないか。
ここを見ないまま研修を行うと、受講者は「感情労働は大切なテーマだ」と理解しても、現場ではまた気遣いできる人に負担が戻ります。
この記事で扱うのは、問題の見方までです。実際の職場では、職種、顧客対応、相談対応、管理職の介入基準、人事総務への共有基準を確認しながら、扱い方を分ける必要があります。
タニカワ久美子が見る現場の違和感
タニカワ久美子が研修現場で見てきたのは、気遣いできる社員ほど、感情労働が見えにくくなるということです。
丁寧に謝れる人。相手を怒らせずに説明できる人。職場の空気を悪くしない人。管理職や同僚に心配をかけない人。
こうした社員は、職場の中で頼られます。
しかし、頼られていることと、支えられていることは別です。
人事総務や管理職が見たいのは、「気遣いができる人がいるから大丈夫」ではありません。その気遣いが、誰の中に負担として残っているかです。
日本型の感情労働を職場の判断材料にする
日本の職場にある、おもてなし、空気を読む、迷惑をかけない、大人の対応といった文化は、仕事を円滑にする力でもあります。
ただし、それが個人の我慢だけで支えられているなら、感情労働ストレスは職場に残ります。
感情労働を、社員の優しさや接遇力の問題で終わらせず、職場で見るべき負担として扱えていますか。
参考文献
- A.R. Hochschild, The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling, 1983.
- A.R. ホックシールド『管理される心――感情が商品になるとき』
- 山本ら「我が国における感情労働研究と課題――CiNii登録文献の分析をもとに――」鳴門教育大学研究紀要, 2019.
文責:タニカワ久美子
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。