インターオセプションと自己追跡技術|身体データをどう読むか

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ストレス科学ラボ・用語バンク

インターオセプションと自己追跡技術|身体データをどう読むか

このストレス科学ラボ・用語バンクでは、ストレス研究や身体感覚に関する考え方を、健康経営や職場研修に関心を持つ方にも読める形で紹介します。

本記事は、ウェアラブルデバイスや自己追跡技術の導入可否を判断する記事ではありません。

自己追跡技術、インターオセプション、クオンティファイド・セルフ、身体データの読み方に関する研究を紹介する読み物です。

この記事で扱う中心テーマは、スマートウォッチなどの自己追跡技術が、私たちの身体感覚や身体データの意味づけにどう関わるかです。

近年、スマートウォッチやフィットネストラッカーによって、心拍、睡眠、歩数、運動量、ストレスレベルなどを日常的に確認できるようになりました。

しかし、数値が表示されることと、その数値を正しく理解できることは同じではありません。

今回紹介する研究は、自己追跡技術を、単なる健康管理ツールとしてではなく、身体、感情、習慣、データの関係から読み直すものです。

インターオセプションと自己追跡技術による身体データの読み方を説明する研修資料


紹介する研究の概要

今回紹介するのは、Foersterによる「Sensing a Heartbeat: A New Perspective on Self-Tracking Technologies through the Integration of Interoception」という論文です。

日本語では、「心拍を感じる:インターオセプションの統合による自己追跡技術に関する新たな視点」と訳せます。

この論文では、フィットネストラッカーやスマートウォッチなどの自己追跡技術を、神経科学、プラグマティスト哲学、科学技術研究の視点から読み直しています。

中心にあるのは、インターオセプションです。

インターオセプションとは、心拍、呼吸、胃の動き、疲労感、緊張感など、体の内側で起こる変化を感じ取る力です。

この論文は、自己追跡デバイスが示す身体データを理解するためには、数値だけではなく、本人の内受容感覚が重要だと考えます。

つまり、身体データは、ただ表示されるだけでは意味を持たず、自分の体感と結びつけて初めて意味づけされるという視点です。


自己追跡技術とは何か

自己追跡技術とは、自分の体や行動に関する情報を記録し、振り返るための技術です。

代表的なものには、次のようなものがあります。

  • スマートウォッチ
  • フィットネストラッカー
  • 睡眠記録アプリ
  • 歩数計
  • 心拍計
  • 活動量計

これらの技術は、心拍、歩数、睡眠、運動量、消費カロリー、ストレスレベルなどを数値化します。

そのため、利用者は自分の体や生活をデータとして見られるようになります。

一方で、データが増えるほど、次の問題も起こります。

  • 数値を見て安心する
  • 数値を見て不安になる
  • 自分の体感よりデバイス表示を信じる
  • 数値に合わせて行動しようとする
  • 数値が悪いと自分を責める

自己追跡技術は便利ですが、身体データの扱い方を誤ると、健康管理ではなく不安の材料になることがあります。


クオンティファイド・セルフとは何か

クオンティファイド・セルフとは、自分の生活や身体に関するデータを測定し、記録し、分析し、自己理解や習慣改善に役立てようとする考え方です。

日本語では、「定量化された自己」と説明されることがあります。

たとえば、次のような行動が含まれます。

  • 歩数を記録する
  • 睡眠時間を確認する
  • 心拍数を測る
  • 食事や体重を記録する
  • 運動量を振り返る
  • ストレスレベル表示を見る

クオンティファイド・セルフの考え方では、データを使って自分の生活を見直し、よりよい習慣づくりにつなげようとします。

しかし、データ化された自己は、常に前向きに働くとは限りません。

数値化によって、自分の体を「改善すべき対象」として見すぎてしまうことがあります。

この点が、今回の論文で重要な論点になります。


インターオセプションが身体データの意味づけに関わる

スマートウォッチが心拍数を表示しても、その数値だけでは十分ではありません。

本人が、実際にどのような体感を持っているかが重要です。

たとえば、心拍が上がっている場面でも、その意味は一つではありません。

数値上の変化 考えられる体感 読み方
心拍が上がる 運動後で体が温まっている 活動による自然な反応かもしれない
心拍が上がる 会議前で緊張している 心理的な負荷が関係している可能性がある
心拍が上がる 寝不足で疲れている 回復不足が影響している可能性がある
心拍が上がる 楽しい興奮を感じている 必ずしも悪いストレスとは限らない

このように、同じ身体データでも、本人の体感や状況によって意味が変わります。

インターオセプションは、身体データに文脈を与える働きを持ちます。

数値だけで判断するのではなく、「今、自分の体はどう感じているのか」と合わせて読むことが重要です。


自己追跡は、身体的で感情的な実践である

自己追跡は、単にデータを集める行為ではありません。

データを見ることで、安心することもあれば、不安になることもあります。

「今日はよく眠れていない」と表示されると、実際にはそれほど不調を感じていなくても、急に疲れているように思えることがあります。

反対に、「ストレスが低い」と表示されると、本人がつらさを感じていても、自分の感覚を否定してしまうことがあります。

このように、自己追跡デバイスは、身体の状態を示すだけではありません。

利用者の感情や自己理解にも影響を与えます。

自己追跡は、身体データを読む行為であると同時に、自分の体とどう向き合うかを変える行為でもあります。


自己追跡デバイスと身体の客体化

自己追跡デバイスには、身体を客観的に見られるという利点があります。

心拍、睡眠、歩数、活動量などを数値として見られるため、自分の生活を振り返りやすくなります。

しかし、この利点には注意も必要です。

身体を数値として見続けることで、自分の体を「改善対象」や「管理対象」として見すぎてしまうことがあります。

たとえば、次のような状態です。

  • 数値が悪いと自分を責める
  • 体感よりもデータを優先する
  • デバイスの表示に合わせて無理をする
  • 健康のための行動が義務のようになる
  • 自分の体を外側から評価する対象として見てしまう

これが、身体の客体化という問題です。

身体を理解するためのデータが、いつの間にか、自分を評価する視線になってしまうことがあります。

この視点は、職場の健康経営やストレス管理でも重要です。

社員の健康データを扱うとき、数値が社員本人を評価する材料のように見えると、不信感や不安につながります。


自己追跡技術をストレス管理で読むときの注意点

自己追跡技術は、ストレス管理に役立つ可能性があります。

心拍や睡眠の変化に気づき、休憩、深呼吸、運動、相談などの行動につなげることができるからです。

ただし、次の点を押さえる必要があります。

  • データは診断ではない
  • 数値だけでストレス状態を決めない
  • 本人の体感と合わせて読む
  • 数値を良い・悪いで判断しすぎない
  • データによって身体を評価しすぎない
  • 自己理解のために使い、自己否定の材料にしない

ストレス管理において大切なのは、データに従うことではありません。

データをきっかけに、自分の体感や生活を振り返ることです。


前回の記事との違い

前回の記事では、内受容感覚とセルフトラッキングを、ストレス管理の習慣形成にどう活かすかを説明しました。

本記事では、さらに一歩進めて、自己追跡技術が身体データの意味づけや身体の客体化にどう関わるかを見ています。

記事 主語 扱う内容
前回記事 内受容感覚と習慣形成 心拍や呼吸に気づき、深呼吸や休憩などの小さな行動につなげる
本記事 自己追跡技術と身体データの意味づけ データ、体感、身体の客体化、クオンティファイド・セルフの視点から読む

この違いを分けることで、同じインターオセプションを扱っていても、記事の役割が重複しにくくなります。


タニカワ久美子の研修でこの研究をどう扱うか

タニカワ久美子の企業研修では、自己追跡デバイスを「便利だから使いましょう」という話にはしません。

研修では、身体データをどう読むかを重視します。

社員さんの中には、スマートウォッチの数値を見て「今日はストレスが高いから悪い状態だ」と感じる方もいます。

しかし、数値はその人を評価するものではありません。

大切なのは、「その数値が出たとき、自分の体感はどうだったか」「どの場面で緊張や疲労が出たのか」を振り返ることです。

また、人事総務の担当者には、社員の身体データを管理の道具として扱わないこともお伝えしています。

データは、社員を測るためではなく、社員が自分の状態に気づき、必要な休憩や相談を選びやすくするための材料です。

人事総務の担当者からも、自己追跡技術を単なるツール紹介ではなく、身体感覚とデータの読み方として伝える点を評価されています。


この研究紹介で押さえたいポイント

本記事で押さえたいポイントは、次の3つです。

  • 自己追跡技術は、身体データを表示するだけでなく、利用者の体感や自己理解にも影響する
  • インターオセプションは、身体データを意味づけるための重要な文脈になる
  • 身体データは、自己理解に役立つ一方で、身体を管理対象として見すぎる危険もある

スマートウォッチやフィットネストラッカーのデータは便利です。

しかし、データを読むときには、本人の体感、状況、感情、生活文脈を切り離してはいけません。


まとめ|自己追跡技術は、身体データと体感を結びつけて読む

自己追跡技術は、心拍、睡眠、歩数、運動量、ストレスレベルなどを記録し、私たちの身体を数値として見えるようにします。

しかし、身体データは、それだけで意味を持つわけではありません。

インターオセプション、つまり体の内側の変化を感じ取る力と結びつくことで、データは自分の状態を理解する手がかりになります。

一方で、数値を見すぎると、自分の体を評価対象や管理対象として見てしまう危険もあります。

健康経営や職場研修で活かす場合は、自己追跡デバイスを社員管理の道具にするのではなく、本人が自分の状態に気づき、無理を重ねる前に調整するための材料として扱うことが重要です。

けんこう総研では、インターオセプション、自己追跡技術、心拍、呼吸、身体反応に関する研究知見を、企業研修や健康経営の現場でわかりやすく伝えています。

ストレスを精神論ではなく、身体データと体感の両面から学ぶ企業向けストレス管理研修をご検討の場合は、以下のページをご覧ください。

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参考文献

  • Foerster, D. (2024). Sensing a Heartbeat: A New Perspective on Self-Tracking Technologies through the Integration of Interoception. Body & Society, 30(2), 37–58. https://doi.org/10.1177/1357034X241245994
  • Lupton, D. (2016). The Quantified Self. Cambridge: Polity Press.
  • Sharon, T. (2017). Self-tracking for health and the quantified self: Re-articulating autonomy, solidarity, and authenticity in an age of personalized healthcare. Philosophy & Technology, 30(1), 93–121.

文責:タニカワ久美子

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