ストレス管理
運動習慣とメンタルヘルス|職場で気分を立て直す支援
職場のストレス対策というと、「ストレスを減らすこと」ばかりに目が向きがちです。
もちろん、長時間労働や人間関係の負担を減らすことは大切です。けれども、仕事をしている以上、ストレスを完全になくすことはできません。
そこで大切になるのが、ストレスを受けたあとに、心と体を立て直しやすい状態をつくることです。
運動習慣は、そのための身近な方法の一つです。激しい運動でなくても、歩く、伸ばす、深く呼吸する、少し体を動かすだけで、気分が軽くなることがあります。
この記事では、運動習慣とメンタルヘルスの関係を、ストレス後の気分を立て直す支援として見ていきます。人事総務、健康経営担当者、保健師、介護施設の管理者が、職場で無理なく使える視点でまとめました。

無理のない運動習慣は、ストレス後の気分の立て直しを助ける身近な支援策です。
運動習慣とメンタルヘルスの関係
運動は、体だけでなく心にも影響します。
体を動かすと、心拍数が上がり、呼吸も少し速くなります。これは体にとって一時的な負荷です。しかし、その負荷が本人に合っていれば、運動後には気分がすっきりしたり、眠りやすくなったり、前向きな気持ちを取り戻しやすくなります。
このように、心身にかかる負荷が回復や成長につながる場合、そのストレスはユーストレス、つまり良性ストレスとして考えることができます。
ただし、「運動すれば誰でも元気になる」と単純に言うのは危険です。運動が苦手な人、体力に自信がない人、疲れ切っている人にとっては、運動を強くすすめられること自体が負担になる場合があります。
だからこそ、職場の健康経営では、運動を押しつけるのではなく、社員が自分に合った方法で体を動かせる環境をつくることが重要です。
運動習慣がある人は、ストレス後の気分を保ちやすい
運動習慣のある人は、ストレスを受けたあとでも、前向きな気分を保ちやすい可能性があります。
Frontiers in Physiologyに掲載された研究では、定期的に運動している人と、あまり運動していない人を比べ、心理的なストレスを受けたときの反応を調べています。
その結果、運動習慣のある人は、ストレス後に前向きな気分が大きく下がりにくいことが示されました。
ここで大事なのは、運動している人が「ストレスを感じない人」だったわけではないという点です。ストレスは受けます。しかし、そのあとに気持ちを戻す力が働きやすい可能性があります。
職場で必要なのは、社員がストレスを一切感じない状態を目指すことではありません。大変なことがあっても、心と体を立て直せる状態をつくることです。
運動を強くすすめると逆効果になることがある
健康経営の現場では、「社員にもっと運動してほしい」と考える担当者は多いはずです。
けれども、運動が苦手な人にとって、「運動しましょう」という言葉は重く聞こえることがあります。
特に、体力に不安がある方、忙しくて疲れている方、過去に運動で嫌な思いをした方にとっては、運動の提案そのものがストレスになる場合があります。
そのため、職場では「運動しなければならない」という伝え方ではなく、「少し体を動かすと、気分転換になることがあります」という伝え方が向いています。
たとえば、次のような方法です。
- 昼休みに5分だけ外を歩く
- 会議の前に肩や首を軽く回す
- エレベーターではなく階段を一部だけ使う
- 座ったままで足首を動かす
- 仕事の区切りで深呼吸をする
これなら、運動が得意な人だけでなく、忙しい人や疲れている人にも取り入れやすくなります。
運動は、心の回復力を支える行動になる
運動の効果は、筋力や体重だけで判断するものではありません。
体を動かすことで、「少しできた」「気分が変わった」「今日は外に出られた」という感覚が生まれます。この小さな達成感は、心の回復にとって大切です。
特に、ストレスが続いている人は、自分で状況を変えられないと感じやすくなります。そんなとき、短い散歩や軽いストレッチでも、「自分のために行動できた」という感覚を取り戻す助けになります。
この感覚は、自己効力感と呼ばれます。自己効力感とは、「自分にもできる」と感じる力のことです。
健康経営の研修では、この自己効力感を育てることが重要です。社員に大きな目標を求めるより、今日できる小さな行動を見つけてもらうほうが、現場では定着しやすくなります。
一人で頑張る運動より、つながりを生む運動
運動は、一人で黙々と行うものだけではありません。
ウォーキング、ラジオ体操、軽いストレッチ、チームで行うスポーツなど、誰かと一緒に行う身体活動には、人とのつながりを生む働きもあります。
2023年のシステマティックレビューでは、スポーツ参加が成人のメンタルヘルスや社会的な健康と関連することが示されています。特に、チームスポーツや集団での活動は、孤立感の軽減やつながりづくりに役立つ可能性があります。
職場では、ここが重要です。
健康経営の取り組みとして運動を入れる場合、目的は「運動量を増やすこと」だけではありません。社員同士が自然に声をかけ合うきっかけをつくること、孤立している人が参加しやすい場をつくることも、メンタルヘルス対策の一部になります。
人事総務・保健師・介護施設の担当者が気をつけたいこと
職場で運動を取り入れるときは、よいことばかりを強調しすぎないことが大切です。
運動は、やり方によってはユーストレスになります。しかし、強制されたり、人と比べられたり、体力差に配慮されなかったりすると、ディストレス、つまり悪いストレスになることがあります。
特に注意したいのは、次のようなケースです。
- 参加しない人を「意識が低い」と見てしまう
- 体力差や年齢差を考えずに同じ運動をさせる
- 競争や順位づけを強めすぎる
- 業務が忙しい時期にイベントを入れる
- 持病や痛みのある人への配慮がない
健康経営は、社員を管理するためのものではありません。社員が自分の体調に気づき、自分に合った回復方法を選べるようにするためのものです。
職場で使いやすい運動施策の考え方
職場で運動を取り入れるなら、「続けられること」「選べること」「比べないこと」が大切です。
たとえば、次のような取り組みは現場に入れやすいです。
- 朝礼前の1分ストレッチ
- 昼休みの自由参加ウォーキング
- 座り仕事の人向けの肩こり予防体操
- 介護職・現場職向けの腰痛予防動作
- 管理職研修で、部下に運動を強制しない伝え方を学ぶ
- 睡眠・疲労・ストレス反応と組み合わせた健康研修
現場で大切なのは、立派なプログラムを作ることではありません。社員が「これならできそう」と思える小さな入口を用意することです。
保健師や介護施設の管理者は、日頃から人の体調や生活背景を見ています。その視点は、健康経営の取り組みを現場に合わせるうえで大きな強みになります。
職場で起きやすい困りごとに置き換えて考える
運動とメンタルヘルスの話は、個人の健康習慣だけで終わらせないことが大切です。
職場では、次のような困りごとがよく起こります。
- 休憩時間が短く、体を動かす余裕がない
- 座りっぱなしの仕事が多く、肩こりや疲労感が強い
- 職員同士の会話が少なく、孤立しやすい
- 健康イベントをしても、参加する人がいつも同じ
- 忙しい部署ほど、セルフケアが後回しになる
こうした職場では、「運動しましょう」と呼びかけるだけでは不十分です。社員が短時間でも体を動かせる時間、場所、声かけを用意する必要があります。
つまり、運動を職場で活かすには、社員の努力だけに頼らず、無理なく参加できる環境を整えることが必要です。
タニカワ久美子の企業研修での扱い方
タニカワ久美子の企業研修では、運動を「健康意識の高い社員が自主的に行うもの」として扱いません。座りっぱなしの事務職、休憩を取りにくい介護現場、会議続きで体を動かす時間がない管理職など、現場ごとの働き方を前提にして、無理なくできる身体活動をストレス管理の入口にしています。
研修の場では、「運動が苦手です」「疲れているのに運動まで求められるとつらいです」という声が出ることがあります。そのため、けんこう総研では、運動量を増やす話から始めません。まず、肩を回す、立ち上がる、深く呼吸する、会議の前後に体をゆるめるなど、仕事の中でできる小さな回復行動から入ります。
社員にとって大切なのは、「もっと頑張ること」ではありません。ストレスを受けたあとに、自分の状態を戻す方法を持っていることです。運動習慣は、そのための一つの選択肢になります。
ユーストレスとして運動習慣を見る
ユーストレスとは、心や体に負荷はかかるけれど、その負荷が成長や回復につながるストレスのことです。
運動習慣は、そのわかりやすい例です。
体を少し動かすと、心拍数が上がり、筋肉も使います。これは負荷です。しかし、その負荷がちょうどよければ、気分転換、達成感、睡眠の改善、体力の維持につながります。
反対に、強すぎる運動、強制される運動、人と比べられる運動は、ディストレスになることがあります。
つまり、運動の価値は「どれだけ頑張ったか」ではなく、「その人に合った負荷になっているか」で決まります。
この考え方は、職場のストレス対策にもそのまま使えます。
ユーストレスの全体像はこちら
本記事で紹介した運動習慣によるストレス後の気分の立て直しは、ユーストレスの一つの具体例です。
ユーストレスの定義、ディストレスとの違い、職場での活かし方については、ユーストレスとは|職場での活用と科学的エビデンス解説で紹介しています。
けんこう総研が大切にしている考え方
けんこう総研では、ストレスを「悪いもの」と決めつけるのではなく、働く人が無理なく回復し、前向きに働き続けるための反応として考えます。
タニカワ久美子の企業研修では、東京大学大学院 情報学環での研究経験と、企業・教育機関・介護施設・労働組合での研修実務をもとに、運動、睡眠、休息、コミュニケーションを組み合わせたストレス対策を伝えています。
大切なのは、社員に「もっと頑張って運動しましょう」と求めることではありません。社員が自分の体調に気づき、自分に合った回復方法を選べる職場をつくることです。
まとめ|運動習慣は、職場で気分を立て直す支援になる
運動習慣は、ストレスを完全になくす方法ではありません。
けれども、無理のない身体活動は、気分を整え、前向きな気持ちを保ち、心と体の回復を助ける行動になります。
健康経営で大切なのは、社員に運動を押しつけることではありません。社員一人ひとりが、自分に合った回復方法を選べるようにすることです。
人事総務、保健師、介護施設の管理者として、社員や職員の健康を支える立場にある方は、まず「運動をさせる」のではなく、「回復しやすい職場をつくる」という視点から始めることが大切です。
けんこう総研では、ユーストレスとディストレスの考え方をもとに、社員のセルフケア、管理職の声かけ、ストレスチェック後の職場改善につながるストレスマネジメント研修を行っています。
出典
- Childs, E., & de Wit, H. (2014). Regular exercise is associated with emotional resilience to acute stress in healthy adults. Frontiers in Physiology, 5, 161.
- Eather, N., Wade, L., Pankowiak, A., & Eime, R. (2023). The impact of sports participation on mental health and social outcomes in adults: a systematic review and the ‘Mental Health through Sport’ conceptual model. Systematic Reviews, 12, 102.