ストレス管理
定期運動と急性ストレス|気分の落ち込みを防ぐ職場の工夫
定期的な運動は、ストレスを完全になくす方法ではありません。
仕事をしていれば、緊張する場面、不安になる場面、強いプレッシャーを受ける場面はあります。人前で話す、急な対応を求められる、評価を受ける、クレームに向き合うなど、心と体が大きく反応することもあります。
ただ、ストレスを受けたあとに、気分が大きく落ち込みすぎないこと。気持ちを立て直して、次の行動に戻れること。ここに、定期的な運動が関係している可能性があります。
この記事では、定期運動と急性ストレス後の感情回復力について、人事総務・健康経営担当者が職場で使いやすい形にして見ていきます。
定期運動と急性ストレスの関係
運動は、健康づくりやストレス対策としてよく紹介されます。
けれども、職場で大切なのは「運動すればストレスがなくなる」と考えないことです。
職場では、緊張、不安、納期、対人対応、評価面談、急なトラブルなど、ストレスを受ける場面を完全になくすことはできません。
だからこそ必要なのは、ストレスをゼロにすることではなく、ストレスを受けたあとに心と体を立て直しやすくすることです。
定期運動は、この「立て直しやすさ」に関係する可能性があります。
急性ストレスとは、短時間で強くかかるストレスです
急性ストレスとは、短い時間で強くかかるストレスのことです。
たとえば、急な発表、上司への報告、顧客からの強い指摘、面談、試験、トラブル対応などです。
このような場面では、心拍数が上がる、血圧が変わる、緊張する、頭が真っ白になる、終わったあとにどっと疲れるといった反応が起こることがあります。
職場で見ると、急性ストレスは特別な人だけに起こるものではありません。
まじめに仕事をしている社員、責任感の強い管理職、人前で話す機会が多い社員、クレーム対応をする社員など、多くの人が経験します。
研究の概要
今回参考にするのは、Emma Childs と Harriet de Wit による2014年の研究です。
この研究では、健康な成人を対象に、定期的に運動している人と、運動していない人のストレス反応が比べられました。
研究で使われたのは、Trier Social Stress Test、略してTSSTと呼ばれる心理社会的ストレス課題です。
TSSTでは、人前で話す、計算するなど、緊張や評価不安が起こりやすい課題が使われます。
研究では、課題の前後で次の項目が測定されました。
- 心拍数
- 血圧
- コルチゾール
- 本人が感じた気分
この研究の特徴は、運動習慣と、急性ストレス後の体の反応・気分の変化をあわせて見ている点です。
研究で見えてきたこと
研究では、定期的に運動している人は、運動していない人よりも安静時の心拍数が低い傾向が見られました。
一方で、急性ストレス課題に対する心拍数や血圧の反応には、大きな違いは見られませんでした。
コルチゾール反応にも、はっきりした違いは確認されませんでした。
つまり、定期運動をしているからといって、急性ストレス時の体の反応がすべて小さくなるわけではありません。
ここで大切なのは、気分の変化です。
運動していない人は、ストレス課題のあとにポジティブな感情が大きく下がりました。
一方で、定期的に運動している人は、その低下が小さかったと報告されています。
この結果は、定期運動がストレス後の気分の落ち込みをやわらげる可能性を示しています。
運動している人が、ストレスを感じないわけではありません
この研究を職場で使うときに注意したいのは、定期運動をしている人が「ストレスを感じない人」だったわけではないという点です。
ストレス課題を受ければ、心拍数や血圧などの身体反応は起こります。
緊張も起こります。
ただし、運動習慣のある人は、ストレスを受けたあとに前向きな気分が大きく崩れにくかった可能性があります。
職場で考えると、これはとても重要です。
社員に必要なのは、ストレスを一切感じないことではありません。
大変な出来事があっても、気分を立て直し、次の行動に戻れる力です。
急性ストレス後の気分低下は、職場でも見落とされやすい
職場では、ストレスがかかった瞬間だけに目が向きやすくなります。
たとえば、発表前に緊張している、クレーム対応中に表情が硬い、面談前に不安そうにしているといった場面です。
けれども、人事総務や管理職が見ておきたいのは、そのあとです。
- 終わったあとにぐったりしていないか
- 気分が落ち込んだままになっていないか
- 次の仕事に戻るまでに時間がかかっていないか
- 強い出来事のあとに休憩できているか
- 誰かに話せる時間があるか
ストレス対応では、「その場を乗り切ったか」だけでなく、「そのあと回復できているか」を見ることが大切です。
クロスストレッサー適応仮説という考え方
この研究の背景には、クロスストレッサー適応仮説という考え方があります。
運動は、体にとって軽いストレスになります。
運動中は、心拍数が上がり、血圧やホルモン反応も変化します。
このような身体への負荷を定期的に経験することで、別のストレスに対しても、心身が反応しやすくなったり、回復しやすくなったりする可能性があるという考え方です。
ただし、これは「強い運動をすればストレスに強くなる」という意味ではありません。
運動の強さ、頻度、本人の体力、疲労状態によって、運動は良い負荷にも悪い負荷にもなります。
定期運動はユーストレスになる場合があります
ユーストレスとは、心や体に負荷はかかるけれど、その負荷が回復、成長、前向きな行動につながるストレスです。
定期運動は、ユーストレスの具体例として考えやすい行動です。
運動は体に負荷をかけます。
しかし、その負荷が本人に合っていれば、気分転換、達成感、睡眠の改善、体力維持、ストレス後の気分の立て直しにつながる可能性があります。
反対に、強すぎる運動、強制される運動、疲労が強いときの運動は、ディストレスになることがあります。
つまり、運動の価値は「どれだけ頑張ったか」ではなく、「その人に合った負荷になっているか」で決まります。
ユーストレスとディストレスの違いについては、ユーストレス(良性ストレス)とは|職場で活かすストレス資源の全体像で詳しく紹介しています。
職場で活かすなら「運動させる」ではなく「回復しやすくする」
人事総務や健康経営担当者がこの研究を読むとき、目的を間違えないことが大切です。
職場で必要なのは、社員に運動を強制することではありません。
大切なのは、社員がストレスを受けたあとに回復しやすい環境をつくることです。
たとえば、次のような取り組みが考えられます。
- 長時間座り続ける時間を減らすための短いストレッチ
- 昼休みに自由参加で歩ける時間をつくる
- 会議や研修の前後に軽い身体ほぐしを入れる
- 運動が苦手な社員には深呼吸や休息も選べるようにする
- 睡眠、疲労、ストレス反応とあわせて研修で扱う
このような取り組みは、社員を鍛えるためではありません。
ストレスを受けたあとに、心と体を立て直しやすくするための工夫です。
運動施策で注意したいこと
運動はストレス管理に役立つ可能性があります。
しかし、職場での進め方を間違えると、かえって負担になります。
特に注意したいのは、次のような場合です。
- 参加を強制する
- 参加しない社員を「健康意識が低い」と見る
- 体力差を考えずに同じ運動を求める
- 忙しい部署に運動イベントを追加する
- 疲れている社員にさらに活動を求める
- 運動の成果を競争やランキングで見せすぎる
健康経営では、社員全員に同じ運動をさせる必要はありません。
社員が自分の体調に合わせて、回復しやすい方法を選べることが重要です。
人事総務・管理職が確認したいこと
定期運動と急性ストレスの研究を職場で活かすには、運動習慣だけを見るのでは足りません。
人事総務や管理職は、次の点を確認しておきたいところです。
- 社員がストレスを受けたあとに休めているか
- 気分転換の方法が個人任せになっていないか
- 運動が得意な人だけが参加する施策になっていないか
- 疲れている社員に追加の負担をかけていないか
- 研修で、運動だけでなく睡眠・休息・相談も扱っているか
- 管理職が部下の疲労や気分の変化に気づけているか
運動は、ストレス対策の一部です。
睡眠、休憩、相談しやすさ、仕事量、管理職の声かけと組み合わせることで、職場で使いやすくなります。
タニカワ久美子が企業研修で見てきたこと
タニカワ久美子の企業研修でも、ストレス対策として軽い運動や呼吸法を取り入れることがあります。
人事総務の担当者からも、座学だけではなく、全員で実際にできる軽い運動がある点を評価されています。
ただし、研修で大切にしているのは、社員に「もっと運動しましょう」と求めることではありません。
現場では、忙しい部署ほど休憩が後回しになり、強い対応を終えたあとも、すぐ次の仕事に戻っていることがあります。クレーム対応、発表、面談、急なトラブルのあとに、気持ちを切り替える時間がない職場も少なくありません。
そのため研修では、運動を気合いや努力の話にせず、ストレス後の回復を助ける小さな方法として扱います。椅子に座ったままできる動き、呼吸を整える方法、短時間で体の緊張に気づく方法などを、職場で使える形で伝えています。
社員が自分の状態に気づき、「今は少し動く」「今日は呼吸だけ整える」「まず休む」と選べることが、ストレス管理では大切です。
この研究を見るときの注意点
この研究は、定期運動と急性ストレス後の感情回復力を考えるうえで参考になります。
ただし、結果を強く言い切りすぎないことが大切です。
著者らも、この研究は相関関係を示すものであり、定期運動が直接その結果を生んだと断定できるものではないとしています。
また、運動量は自己申告に基づいています。
そのため、今後は活動量計などを使った客観的な測定や、前向きな介入研究が必要です。
健康経営の記事では、研究結果を大きく見せるよりも、職場で安全に使える形で伝えることが信頼につながります。
まとめ|定期運動はストレス後の気分の立て直しを助ける可能性があります
Childsとde Witの研究では、定期的に運動している人は、急性ストレス後にポジティブな気分が大きく下がりにくい可能性が示されました。
一方で、心拍数、血圧、コルチゾールなどの身体反応には、はっきりした違いが見られなかった点も重要です。
この研究から言えるのは、「運動すればストレスが消える」ということではありません。
定期運動は、ストレスを受けたあとに前向きな気分を保ち、心を立て直しやすくする可能性があるということです。
職場の健康経営では、社員に運動を強制するのではなく、運動、睡眠、休息、相談しやすさを組み合わせて、回復しやすい職場をつくることが重要です。
けんこう総研では、ユーストレスとディストレスの考え方をもとに、社員のセルフケア、管理職の声かけ、ストレスチェック後の職場改善につながるストレス管理研修を行っています。
参考文献
- Childs, E., & de Wit, H. (2014). Regular exercise is associated with emotional resilience to acute stress in healthy adults. Frontiers in Physiology, 5, 161.
文責:タニカワ久美子