ストレス研究ノート|研修現場から読むストレス科学
エンドルフィンとは|ストレス反応と職場で見落とす疲労感
「本人が“まだ頑張れます”と言うので、そのまま作業を続けてもらっている」
「深夜残業のあと、妙にテンションが高い社員を見たことがある」
「疲れているはずなのに、本人が元気そうに見えると、管理職も止めにくい」
このような場面に心当たりはありませんか。
エンドルフィンは、痛みや不快感の感じ方に関わる体内物質として知られています。
一般には「気分がよくなる物質」「脳内麻薬」といった言葉で語られることがあります。
この言葉だけを見ると、エンドルフィンは良いもの、出れば元気になるもの、と受け止められやすいです。
しかし、職場のストレス管理では、その見方だけでは不十分です。
強い負荷の中で「まだ頑張れる」「妙に気分が上がる」「痛みや疲れを感じにくい」と感じている時、本人が本当に回復しているとは限りません。
むしろ、疲労感や不快感が一時的に見えにくくなっている場合があります。
人事総務・管理職が見たいのは、社員が元気そうかどうかではありません。
その高揚感の裏で、睡眠不足、疲労の蓄積、判断ミス、確認漏れが起きやすくなっていないかです。
エンドルフィンの知識は、社員をさらに頑張らせるためではなく、職場で疲労を見落とさないために役立ちます。
エンドルフィンとは何か
エンドルフィンは、体内でつくられる内因性オピオイドの一種です。
痛みや不快感の感じ方に関わるため、強い運動や負荷のあとに感じる高揚感、痛みの感じにくさ、気分の変化と結びつけて語られることがあります。
一般には「脳内麻薬」と呼ばれることもあります。
ただし、職場のストレス管理で大切なのは、この言葉の面白さではありません。
強い負荷の中で生じる「まだ頑張れる」「妙に気分が上がる」「疲れていない気がする」という状態を、好調や回復のサインとして見ないことです。
エンドルフィンは、社員を元気にする魔法の物質ではありません。
身体が強い負荷に対応している時に関わる反応の一つとして見ておく方が安全です。
なぜ「脳内麻薬」と呼ばれるのか
エンドルフィンは、痛みをやわらげる反応に関わるため、俗に「脳内麻薬」と呼ばれることがあります。
この表現は印象に残りやすい一方で、職場研修では注意が必要です。
「脳内麻薬」という言葉だけが一人歩きすると、エンドルフィンは出せばよい、増やせば元気になる、と誤解されやすくなります。
でも、職場で見たいのはそこではありません。
痛みや不快感が感じにくくなっている時に、身体は本当に回復しているのか。
疲労があるのに、本人が気づきにくくなっていないか。
管理職が「まだできそうだ」と見て、作業を続けさせていないか。
ここを見る必要があります。
| よくある受け止め方 | 職場で見たい受け止め方 |
|---|---|
| エンドルフィンが出ると元気になる | 痛みや不快感を感じにくくなっている場合がある |
| 気分が上がるのは良いこと | 疲労が隠れていないか確認する |
| まだ頑張れるなら続けてもよい | 本人が止めにくい状態かもしれない |
| 高揚感はやる気の証拠 | 睡眠不足や過集中のサインかもしれない |
| 運動や仕事で高揚感が出るのは健康的 | 回復と休息がセットになっているかを見る |
エンドルフィンを知る意味は、無理を正当化することではありません。
高揚感の裏にある疲労を見逃さないことです。
ランナーズハイとエンドルフィンの関係
ランナーズハイとは、長時間のランニングや持久運動のあとに、苦しさや痛みが軽くなり、気分が高まったように感じる状態です。
この現象には、エンドルフィンを含む内因性オピオイド系が関わると考えられてきました。
近年では、エンドカンナビノイド系を含む複数の脳内反応も関わると考えられています。
つまり、ランナーズハイは「エンドルフィンだけで起こる単純な現象」ではありません。
ここは、人事総務担当者にも大切な視点です。
気分が上がる反応があるからといって、それをそのまま健康的な状態やユーストレスと見てよいわけではありません。
強い負荷のあとに気分が高まっていても、身体が十分に回復しているとは限らないからです。
ストレス時の高揚感は、回復とは限らない
深夜残業、長時間労働、締切前の集中作業、夜勤明けなどでは、疲れているはずなのに「まだできる」と感じることがあります。
本人にも、周囲にも、前向きな状態に見えることがあります。
でも、実際には疲労感が一時的に鈍り、注意力や判断力の低下に気づきにくくなっている場合があります。
エンドルフィンなどの体内反応は、痛みや不快感をやわらげることがあります。
しかし、それはストレス要因そのものが消えたという意味ではありません。
職場では、この一時的な高揚感を「やる気」「責任感」「集中力」とだけ見ないことが重要です。
| 職場で見える状態 | 隠れているかもしれないこと | 管理職ができること |
|---|---|---|
| 深夜帯に急にテンションが高くなる | 疲労感が鈍っている | 作業を区切る時間を決める |
| 本人が「まだできます」と言い続ける | 止める判断がしにくくなっている | 管理職側から終了の合図を出す |
| 確認を急いで終わらせる | 見落としが増えている | 重要確認は翌朝や別担当者に回す |
| 休憩を取ろうとしない | 回復不足が続いている | 休憩・交代を業務の一部として入れる |
| 翌日に強い疲労感が出る | 高揚感で疲労を先送りしていた | 翌日の業務量や会議予定を見直す |
社員が頑張っているように見える時ほど、担当者は一歩引いて見る必要があります。
その頑張りは、回復したうえでの前向きさなのか。
それとも、疲労感が見えにくくなっている状態なのか。
ここを分けることが、職場の疲労管理につながります。
ユーストレスとエンドルフィン反応は同じではない
エンドルフィンによる高揚感は、ユーストレスを考える入口にはなります。
ただし、エンドルフィンが関わる反応をすべてユーストレスと見ない方が安全です。
ユーストレスは、成長、達成感、集中、前向きな行動につながる良性のストレス反応です。
そのためには、適度な負荷、本人の裁量、周囲の支援、回復機会が必要です。
一方で、過労や睡眠不足の中で生じる高揚感は、本人が前向きに感じていても、疲労の見落としや判断ミスにつながることがあります。
職場では、「気分が高揚しているか」だけで判断しないことが大切です。
その負荷に、回復と支援が伴っているかを見てください。
ユーストレスの基本概念については、ユーストレス(良性ストレス)とは|職場で活かすストレス資源の全体像で紹介しています。
職場で問題になるのは「頑張れている感」の誤認
人事総務や管理職が注意したいのは、回復していないのに頑張れているように見える状態です。
たとえば、次のような場面です。
| 見えやすい状態 | 職場で起こりやすいリスク | 人事総務が確認したいこと |
|---|---|---|
| 深夜作業中に急にテンションが高くなる | 疲労感の鈍化、過集中 | 深夜帯に判断業務が残っていないか |
| 疲れているはずなのに休憩を取ろうとしない | 回復不足、体調悪化 | 休憩を本人任せにしていないか |
| 確認作業を省略する | 確認漏れ、やり直し | ダブルチェックの仕組みがあるか |
| 判断が速く見える一方で、見落としが増える | 判断力低下、思い込み | 重要判断を一人に任せていないか |
| 翌日になって強い疲労感や集中力低下が出る | 疲労の先送り | 翌日の勤務調整があるか |
| 管理職が「頑張っている」と評価して作業継続を促す | 過負荷の常態化 | 止める声かけを管理職が持っているか |
このような状態を、個人の気合いや責任感だけで見てしまうと、長時間労働や過負荷が続きやすくなります。
職場の疲労管理では、「本人が元気そうに見えるか」だけで判断しないことが必要です。
人事総務・管理職が確認したい視点
エンドルフィンや高揚感の知識は、社員をさらに頑張らせるためのものではありません。
疲労と過負荷を見落とさないために使う知識です。
| 確認したい視点 | 避けたい判断 | 望ましい対応 |
|---|---|---|
| 高揚感 | 元気そうだから大丈夫と見る | 睡眠不足や疲労の有無も確認する |
| 深夜帯の作業 | 集中しているから続けさせる | 重要判断は翌朝に回す |
| 本人の自己申告 | まだできますをそのまま受け取る | 休息、勤務時間、表情、ミスの変化を見る |
| 管理職の声かけ | もう少し頑張ろうと励ます | 今日はここで切ると明確に止める |
| 回復機会 | 休むかどうかを本人任せにする | 勤務間インターバルや翌日の業務調整を見る |
疲労状態にある本人は、自分で止める判断が難しい場合があります。
だからこそ、管理職や人事総務が業務を切り上げる合図を出すことが重要です。
深夜残業中の高揚感を好調と見ない
深夜残業や長時間作業の中では、眠気や疲労を超えて、妙に頭が冴えたように感じることがあります。
本人にとっては、「乗っている」「集中できている」と感じられる場合があります。
しかし、睡眠不足や疲労が重なっている状況では、判断ミス、確認漏れ、感情的な反応が起こりやすくなることがあります。
特に、数値確認、設計判断、顧客対応、評価作業、契約確認など、高い集中力を必要とする仕事は注意が必要です。
深夜帯に続けるほど、本人も周囲もリスクに気づきにくくなります。
職場では「本人がやる気だから続ける」のではなく、「判断は翌朝に回す」「今日はここまでにする」といった管理職側の判断が必要です。
ストレスマネジメント研修でどう使うか
エンドルフィンとストレス反応の知識は、ストレスマネジメント研修や管理職ラインケア研修で使いやすいテーマです。
ただし、研修では「エンドルフィンを出して元気になりましょう」とは伝えません。
けんこう総研では、次のように職場の判断へつなげます。
| 研修で伝えること | 職場での意味 |
|---|---|
| 一時的な高揚感と回復は違う | 元気そうな社員をそのまま安心材料にしない |
| ランナーズハイと過労による高揚感は同じではない | 深夜残業や夜勤明けの高揚感を好調と見ない |
| ユーストレスには回復と支援が必要である | 良いストレスには休息・裁量・周囲の支えが必要 |
| 疲労感の鈍化は判断ミスにつながることがある | 確認漏れや事故を個人の注意不足だけで見ない |
| 管理職は「元気そう」を根拠に業務継続を判断しない | 止める声かけと業務切り上げを持つ |
この視点を入れることで、ストレス管理研修は単なるセルフケアで終わりません。
過負荷を見逃さない職場づくりにつながります。
タニカワ久美子の企業研修での使い方
タニカワ久美子の企業研修では、エンドルフィンを脳科学の雑学として終わらせません。
社員には、「気分が上がっていること」と「回復していること」は違うと伝えます。
管理職には、「元気そうに見える社員ほど、実は疲労を隠している場合がある」と伝えます。
企業研修の現場では、「本人が大丈夫と言うので、深夜作業を続けさせていた」「テンションが高いので元気だと思っていた」という声が出ることがあります。
けんこう総研では、そうした状態を本人の責任感だけで見ません。
勤務時間、睡眠、確認漏れ、感情の波、翌日の疲労感を合わせて見て、必要な休憩・交代・声かけにつなげる方法を研修に入れています。
人事総務の担当者からも、専門的な体内反応を、職場の疲労管理やラインケアに置き換えられる点を評価されています。
人事総務が押さえたいポイント
エンドルフィンとストレス反応を職場の健康支援に活かす時、人事総務・健康経営担当者が押さえたい点は次のとおりです。
| 押さえたいこと | 職場での見方 |
|---|---|
| エンドルフィンは痛みや高揚感に関わる体内物質として語られる | 気分が上がる仕組みだけで終わらせない |
| 一時的な高揚感は、回復や健康を意味するとは限らない | 疲労や睡眠不足を一緒に見る |
| ユーストレスには、適度な負荷だけでなく、裁量、支援、回復機会が必要 | 良いストレスと過負荷を分けて見る |
| 深夜残業や過集中による「まだ頑張れる感」を好調と見ない | 業務を止める判断を管理職が持つ |
| 管理職は、疲労状態の社員に対して業務を切り上げる判断を持つ必要がある | 本人任せにしないラインケアにつなげる |
この視点を持つことで、エンドルフィンの知識は、社員を無理に頑張らせる方向ではなく、疲労管理と健康経営に活かしやすくなります。
この記事を読んだ方によくある質問
エンドルフィンはストレス解消に役立ちますか?
痛みや不快感をやわらげる反応に関わることがあります。ただし、ストレス要因そのものをなくすわけではありません。職場では、勤務設計や回復機会とセットで見る必要があります。
エンドルフィンが出ている状態はユーストレスですか?
必ずしもそうではありません。ユーストレスには、適度な負荷、裁量、支援、回復が必要です。睡眠不足や過労による高揚感は、疲労の見落としとして見る方が安全です。
ランナーズハイと深夜残業中の高揚感は同じですか?
同じものとして見ない方が安全です。ランナーズハイは運動負荷後の高揚感として語られてきた現象です。一方、深夜残業中の高揚感は睡眠不足や疲労の影響を受けており、判断力低下のリスクがあります。
研修ではどのように使えますか?
社員向けにはセルフケアとして、管理職向けには疲労サインの見極めと業務切り上げ判断として使えます。特に、過集中や「まだ頑張れる感」を好調と見ない視点が重要です。
まとめ:エンドルフィンを知る目的は、無理を正当化しないこと
エンドルフィンは、痛みや高揚感に関わる体内物質として知られています。
しかし、ストレス時に生じる一時的な快感や「まだ頑張れる感」は、回復を意味するものではありません。
職場で重要なのは、エンドルフィンを増やすことではありません。
高揚感の裏にある疲労、睡眠不足、判断力低下を見落とさないことです。
ユーストレスを活かすには、適度な負荷だけでなく、裁量、支援、回復機会が必要です。
過労や深夜残業による高揚感を、良いストレスと混同しないことが大切です。
エンドルフィンとストレス反応を知ることは、社員を無理に頑張らせるためではありません。
職場の疲労管理、管理職教育、健康経営を実効性のあるものにするために役立ちます。
「まだ頑張れる感」を、職場の疲労管理として見直したいご担当者へ
けんこう総研では、エンドルフィンや高揚感を脳科学の雑学で終わらせず、疲労管理、セルフケア、管理職ラインケア、健康経営施策に落とし込んだストレスマネジメント研修を行っています。
参考文献
- Boecker H, et al. The Runner’s High: Opioidergic Mechanisms in the Human Brain. Cerebral Cortex. 2008.
- Siebers M, et al. Do Endocannabinoids Cause the Runner’s High? Evidence and Open Questions. The Neuroscientist. 2022.
- Drolet G, et al. Role of endogenous opioid system in the regulation of the stress response. Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry. 2001.
- 厚生労働省|健康づくりのための睡眠ガイド2023
文責:タニカワ久美子