ストレス管理
社内健康教育が浸透しない理由|感情労働ストレスと職場ラインケア
社内健康教育の資料を作り、案内も出しているのに、社員の反応が薄い。人事総務や保健師の方から、そのような相談を受けることがあります。
健康教育が職場に届きにくいとき、内容が間違っているとは限りません。問題は、社員が日々の仕事の中で「わかっていても実行できない状態」に置かれていることがあります。
特に、医療・介護・教育・接客・窓口対応・コールセンターなど、人と接する仕事が多い職場では、社員が自分の感情を抑えながら働いています。この感情労働ストレスを見落としたまま健康教育を行うと、社員には「また自己管理を求められている」と受け取られてしまうことがあります。
この記事では、社内健康教育が職場に浸透しにくい理由を、感情労働ストレスと職場ラインケアの視点から見ていきます。
社内健康教育が職場に届きにくい理由
社内健康教育では、睡眠、運動、食事、ストレスケア、メンタルヘルスなどの知識を伝えることが多くあります。どれも大切な内容です。
ただし、社員が日々の仕事で強い感情的な負担を抱えている場合、知識だけでは行動につながりにくくなります。
たとえば、次のような社員がいます。
- お客様の前では、つらくても笑顔で対応している
- 理不尽な要望にも、冷静に受け答えしなければならない
- 患者さんや利用者さんの不安を受け止め続けている
- 保護者や取引先との関係で、本音を出せない
- 上司や同僚に弱音を見せないようにしている
このような働き方をしている社員に、「ストレスをためないようにしましょう」「セルフケアをしましょう」と伝えても、心に届きにくいことがあります。
社員本人は、すでに十分がんばっています。必要なのは、本人の努力不足として見ることではなく、感情を使い続ける職場の負担を見えるようにすることです。
ホスピタリティ職場では感情労働ストレスが起こりやすい
医療、介護、教育、行政窓口、接客、企業の顧客対応部門では、「相手に安心してもらうこと」が仕事の質に直結します。
ホスピタリティは、職場にとって大切な価値です。相手を大切にする姿勢は、信頼関係をつくり、サービスの質を高めます。
一方で、ホスピタリティが過剰に求められると、社員は自分の感情を後回しにしやすくなります。
- つらくても笑顔で対応する
- 怒りを感じても冷静にふるまう
- 疲れていても丁寧な声かけを続ける
- 相手の不安や不満を受け止め続ける
- 自分の感情より相手の満足を優先する
この状態が続くと、心の中では疲れているのに、外側では問題なく働いているように見えます。そのため、本人も周囲も不調に気づきにくくなります。
これが、ホスピタリティ職場で起こりやすい感情労働ストレスです。
「笑顔でいること」が仕事になると心は消耗する
笑顔は、職場で大切なコミュニケーションの一つです。相手に安心感を与え、信頼関係をつくる力があります。
しかし、どのような場面でも笑顔を求められ続けると、笑顔そのものが負担になることがあります。
接客、医療、介護、教育、窓口対応などの現場では、相手に合わせた表情や言葉づかいが求められます。これは単なるマナーではなく、仕事として感情を調整している状態です。
医師、看護師、介護職、教員などの専門職には、知識や技術だけでなく、「いつも落ち着いていてほしい」「親身に対応してほしい」「感情的にならないでほしい」という期待が寄せられます。
その期待に応えようとするほど、本人は自分の疲れ、不安、怒りを抑え込みます。これが続くと、情緒的な消耗やバーンアウトにつながることがあります。
健康教育で見落とされやすい心理的な支え
感情労働ストレスを考えるとき、見落としてはいけないのが心理的な支えです。
ここでいう支えは、給与だけではありません。社員が「自分の仕事は見てもらえている」「一人で抱え込まなくてよい」と感じられることです。
- 相手から感謝される
- 上司が努力を見てくれる
- 同僚から支えられていると感じる
- 仕事の意味を実感できる
- 自分の裁量で工夫できる
こうした支えがあると、感情労働はやりがいや成長につながります。
一方で、感情を使って努力しているのに、感謝も評価もなく、裁量もなく、ただ「できて当然」と扱われると、強いストレスになります。
社内健康教育を職場に届けるには、社員にセルフケアを求めるだけでなく、職場側が「感情を使って働く負担」をどう支えるかを考える必要があります。
感情労働ストレスを職場で見る視点
感情労働ストレスの対策では、仕事を単純に減らせばよいわけではありません。
専門職や対人援助職では、仕事の意味や達成感が本人の支えになっていることもあります。そこに配慮せず、ただ役割を減らしたり、対応業務を外したりすると、かえってやりがいを失うことがあります。
必要なのは、社員が感情を一人で抱え込まない職場設計です。
- 感情的に負担の大きい業務を一人に偏らせない
- クレーム対応後に短時間でも振り返る場をつくる
- 管理職が「大丈夫?」だけで終わらせず、状況を具体的に確認する
- 感謝や承認を本人任せにせず、職場の中で見える形にする
- 社員が弱音を出しても評価が下がらない空気をつくる
これらは、個人の気合いや性格の問題ではありません。職場で感情労働をどう扱うかという、管理職と組織の課題です。
感情労働ストレスの全体像を確認したい場合は、感情労働ストレスの考え方もあわせて見ておくと、職場のどこに負担が出ているかを確認しやすくなります。
タニカワ久美子が企業研修で見てきたこと
タニカワ久美子は、企業研修の現場で、感情労働に疲れている社員さんを多く見てきました。
ある職場では、管理職の方が「うちの社員は接遇がしっかりしています。お客様対応も問題ありません」と話されました。ところが研修で社員さんの声を聞くと、「笑顔で対応した後、休憩室でぐったりする」「怒ってはいけないと思うほど、家に帰ってから涙が出る」「お客様よりも、職場で弱音を出せないことがつらい」という声がありました。
このとき私は、管理職の方に「接遇ができていることと、心が疲れていないことは別です」とお伝えしました。
社内健康教育では、社員に「ストレスをためないように」と伝えるだけでは足りません。社員がどの場面で感情を抑え、どこで疲れをためているのかを、職場として見えるようにする必要があります。
研修では、社員には「感情を抑え込んで働くことは、見えない労働です」と伝えます。管理職には「部下の感情を聞き出すのではなく、感情を抱え込まなくてよい職場の余白をつくることがラインケアです」と伝えています。
社内健康教育を職場に届けるために必要なこと
社内健康教育を職場に届けるには、正しい知識を伝えるだけでは不十分です。
大切なのは、社員が「これは自分の職場のことだ」と感じられる内容にすることです。
そのためには、次の視点が必要です。
- 職場で起きている感情労働を見えるようにする
- 社員がどの場面で感情を抑えているかを確認する
- 管理職が支援すべき場面を具体的にする
- 個人のセルフケアと職場のラインケアを分けて伝える
- 研修後に職場で使える言葉や行動に落とし込む
この視点があると、健康教育は単なる知識提供ではなく、職場で使える取り組みになっていきます。
社内健康教育は、感情労働ストレスを見えるようにすると届きやすくなる
ホスピタリティや接遇は、職場にとって大切な価値です。しかし、それを支える社員の感情労働ストレスが見えないままでは、メンタルヘルス不調やバーンアウトのリスクが高まります。
社内健康教育を職場に届けるには、社員に知識を伝えるだけでなく、職場で起きている感情の負担を見えるようにすることが必要です。
社員が感情を抑え込むことを「当然」と扱わず、管理職が支援できる形に変えていくこと。それが、健康経営における感情労働ストレス対策の第一歩です。
けんこう総研では、感情労働ストレスの視点から、接遇・ホスピタリティ職場、医療・介護・教育現場、対人サービス業に向けたメンタルヘルス研修を行っています。社員のセルフケアだけで終わらせず、管理職のラインケアと職場改善につながる健康教育を支援しています。
文責:タニカワ久美子