ストレス研究ノート|研修現場から読むストレス科学
不安が高い社員に運動を一律に勧めない職場配慮|HRVを評価に使わない判断
健康経営の施策で「運動を取り入れましょう」と言われたとき、すべての社員が前向きに参加できるわけではありません。
運動が好きな社員には気分転換になります。
一方で、運動が苦手な社員、不安が高い社員、体力に自信がない社員にとっては、運動そのものが負荷になる場合があります。
この記事の中心は、不安が高い社員に運動施策を一律に勧めず、心拍・呼吸・HRVなどの反応を評価ではなく、安心して参加できる研修設計に活かすことです。
人事総務・健康経営担当者が見るべきなのは、運動の効果だけではありません。
社員が参加前から緊張していないか。息が上がることを不安に感じていないか。周囲と比べられると思っていないか。途中で休める雰囲気があるか。
ここを見落とすと、健康施策のつもりが、運動が苦手な社員にとっては新たなストレスになります。
タニカワ久美子の研修現場では、軽い運動を案内する前に、社員さんの表情が分かれます。
「運動は苦手なので、できるか不安です」
「心拍が上がると、焦ってしまいます」
「みんなの前でできないと恥ずかしいです」
この声を無視して、全員に同じ運動を求める設計は危険です。

不安が高い社員に、運動を一律に勧めない
健康経営やメンタルヘルス対策では、運動がストレス管理に役立つ方法として紹介されることがあります。
しかし、運動がすべての社員に同じ効果をもたらすわけではありません。
特に、運動習慣がない社員や不安が高い社員では、運動そのものが一時的なストレス負荷になる場合があります。
顕在性不安という言葉は、本人が自覚しやすい不安傾向を指すときに使われます。
ただし、職場研修で重要なのは、この用語を覚えることではありません。
社員が運動前から緊張していないか。身体の変化を不安として受け取っていないか。参加を強制されたと感じていないか。
この確認です。
「運動は健康に良いから全員でやりましょう」という進め方では、不安が高い社員が置き去りになります。
職場で必要なのは、運動を勧めることではなく、安心して参加できる条件を整えることです。
心拍が上がるだけで、不安が強くなる社員がいる
運動をすると、心拍が上がります。
息が弾む。汗をかく。筋肉が疲れる。体温が上がる。
これらは、運動時に起こる自然な身体反応です。
しかし、不安が高い社員や運動に慣れていない社員は、この身体変化を「体に異常が起きているのではないか」と受け取る場合があります。
本人にとっては、運動ではなく緊張体験です。
タニカワ久美子の研修現場でも、軽い動きの前に「息が上がったらどうしよう」と不安を口にする社員さんがいます。
ここで「大丈夫だからやりましょう」と押すと、安心にはつながりません。
必要なのは、先に逃げ道を示すことです。
- 途中で止めてもよい
- 座ったまま参加してよい
- 周囲と同じ動きをしなくてよい
- 息が弾むほど行わなくてよい
- 体調に違和感があれば見学してよい
この案内があるだけで、参加前の緊張は下がります。
運動施策では、運動内容より先に、参加者が不安を言える設計が必要です。
HRVは運動の成績ではなく、反応を見る手がかり
HRVは、心拍と心拍の間隔のゆらぎを見る指標です。
心身の緊張や回復を考える手がかりとして、ストレス研究でも扱われます。
ただし、職場でHRVを使う場合は、社員の評価にしてはいけません。
HRVは、年齢、体力、睡眠、疲労、測定環境、運動習慣、体調の影響を受けます。
運動時には、心拍が上がり、交感神経系が働きやすくなります。
そのため、運動習慣がない社員や不安が高い社員では、短期的にHRVが低下する可能性があります。
この変化を「悪い反応」と決めつけると、社員は不安になります。
職場研修で必要なのは、数値の良し悪しではありません。
運動後に安心して落ち着けたか。呼吸を整えられたか。疲労感が強く残っていないか。自分の身体反応に気づけたか。
ここを見ます。
| 起こりやすい反応 | 背景として考えられること | 職場研修での配慮 |
|---|---|---|
| 心拍が上がる | 運動による活動モードへの切り替え | 心拍上昇は自然な反応だと先に伝える |
| 息が弾む | 運動負荷に対する身体反応 | 息切れするほどの運動を求めない |
| 不安が強くなる | 身体感覚を危険と受け止めやすい | 途中で休めることを事前に伝える |
| HRVが低下する | 一時的な緊張や負荷が高まる可能性 | 数値で評価せず、体感と回復を確認する |
| 疲労感が残る | 運動に対する適応がまだ十分でない | 短時間・低強度から始める |
HRVは、社員を比較する数字ではありません。
心身の反応を丁寧に見るための補助情報です。
交感神経が働きやすい社員には、強度より安心感を優先する
不安が高い社員では、ストレス場面で交感神経系が働きやすい状態になっていることがあります。
交感神経系は、体を活動モードへ切り替える働きに関わります。
緊張したときに心拍が速くなる。手に汗をかく。肩に力が入る。呼吸が浅くなる。
こうした反応は、交感神経系の働きと関係します。
運動も一時的に体を活動モードへ切り替えます。
そのため、不安が高い社員に急に強い運動を求めると、本人には「体がさらに緊張した」と感じられる場合があります。
職場の運動施策では、強度の高さよりも安心感が先です。
- 息が上がりすぎない内容にする
- 座位でも参加できる動きにする
- 痛みや違和感がある場合は止められると伝える
- できた量を比較しない
- 最後に呼吸を整える時間を入れる
「運動したかどうか」ではなく、「安心して自分の反応に気づけたか」。
職場研修では、この順番が重要です。
運動後に落ち着く時間を設計する
不安が高い社員や疲労が強い社員では、運動後も緊張が残る場合があります。
体は動いたのに、気持ちは落ち着かない。
息が整うまで時間がかかる。
心拍の上昇が気になって、さらに不安になる。
この状態で研修を次の内容へ進めると、社員は自分の反応を「うまくできなかった」と受け取りやすくなります。
そのため、運動を入れる研修では、最後に回復の時間を設計します。
- 座って息を吐く時間を取る
- 肩や首の力みを確認する
- 心拍が落ち着くまで待つ
- 体の変化を言葉にする
- 無理をしなかった選択を肯定する
動いて終わりではありません。
落ち着くところまで含めて、ストレス管理研修です。
専門職でも迷うポイントは、運動をどこまで勧めるか
職場の運動施策では、専門職でも判断に迷う場面があります。
運動は健康支援として有効な場合があります。
一方で、不安が高い社員、痛みがある社員、疲労が強い社員、運動への苦手意識が強い社員には、進め方を間違えると負荷になります。
社内だけで施策を動かすと、次のズレが起こりやすくなります。
- 全員参加を前提にしてしまう
- 「できる範囲で」と言いながら、実際には断りにくい雰囲気になる
- 運動量や参加態度が評価に見える
- 心拍やHRVの数値が独り歩きする
- 運動が苦手な社員ほど研修から距離を取る
ここが、社内で動かす難しさです。
運動施策は、内容そのものよりも、参加しない選択が守られるかどうかで信頼が決まります。
社員が安心して参加できる研修では、「できない人」を作りません。
参加方法に幅を持たせ、見学や休憩も正しい選択として扱います。
運動施策で避けたい進め方
職場の健康施策では、良い意図で始めた運動が、社員に負担を与えることがあります。
特に注意したいのは、全員同じ強度、全員同じ参加方法、全員同じ成果を求める進め方です。
| 設計の視点 | 避けたい進め方 | 安心して参加しやすい進め方 |
|---|---|---|
| 運動強度 | 息が上がる運動を全員に求める | 座ったまま、または立ったままでできる軽い動きにする |
| 参加方法 | 全員に同じ動きを強制する | できる範囲で参加できるように案内する |
| 説明 | 運動しないと健康になれないと伝える | 体の反応に気づく時間として説明する |
| 評価 | 運動量や数値を比較する | 本人の体感や安心感を大切にする |
| 終了方法 | 運動後すぐに次の内容へ進む | 呼吸を整え、回復を確認する時間を入れる |
運動施策の目的は、社員を追い込むことではありません。
社員が自分の心身の反応に気づき、無理なく続けられる方法を知ることです。
HRVを使うなら、評価・比較・管理にしない
HRVは、ストレスや自律神経の状態を考えるうえで参考になる指標です。
ただし、職場で扱う場合は、慎重な設計が必要です。
- HRVを社員の評価に使わない
- 個人の数値を上司や同僚に見せない
- 本人の同意なく測定や共有をしない
- 数値だけでメンタルヘルス状態を判断しない
- 医療的判断が必要な場合は専門職につなぐ
- 本人のセルフケアや気づきに役立つ形で使う
健康経営では、データを使うこと自体が目的ではありません。
社員が安心して自分の状態に気づき、必要な休息や相談につながることが目的です。
HRVを研修で扱う場合も同じです。
数値を改善目標にするのではなく、運動後の体感、呼吸、疲労感、回復のしやすさを確認する材料として使います。
管理職が運動施策で誤用しやすい声かけ
運動施策では、管理職の言葉が社員の参加感に大きく影響します。
避けたい声かけがあります。
- 「これくらいなら誰でもできます」
- 「若い人はもっと動いたほうがいい」
- 「運動不足だから不調になるんだよ」
- 「参加しないと意味がありません」
- 「数値を改善しましょう」
これらの言葉は、運動が苦手な社員を黙らせます。
必要なのは、選択肢を残す言葉です。
- 「できる範囲で大丈夫です」
- 「座ったままでも参加できます」
- 「違和感があれば休んでください」
- 「周囲と比べず、自分の体の反応を確認しましょう」
- 「無理をしない選択も、セルフケアの一つです」
タニカワ久美子の研修現場では、この言い方で社員さんの表情が変わります。
強制されると感じたとき、社員は身構えます。
選べると分かったとき、安心して参加できます。
タニカワ久美子の研修では、運動を数値改善ではなく気づきに使う
タニカワ久美子のストレス管理研修では、運動やHRVの話を、数値改善のためだけには使いません。
重視するのは、受講者が自分の身体反応に気づくことです。
心拍、呼吸、筋肉のこわばり、疲労感、不安感。
これらを、本人の弱さではなく、心身が負荷に反応しているサインとして扱います。
運動が苦手な社員や不安が高い社員に対しては、強い運動を求めません。
座ったままでもできる軽い動き、呼吸を整える時間、途中で休める案内を入れます。
研修では、運動を「頑張る時間」ではなく、「自分のストレス反応に気づく時間」として位置づけます。
この設計にすると、運動が苦手な社員も参加しやすくなります。
人事総務担当者に必要なのは、運動メニューを増やすことではありません。
不安が高い社員にも、運動が苦手な社員にも、安心して参加できる研修の場を作ることです。
人事総務が確認したい運動施策の設計
不安が高い社員への運動施策を考えるとき、人事総務・健康経営担当者は次の点を確認してください。
| 確認項目 | 確認する理由 | 未設計のまま進めた場合 |
|---|---|---|
| 参加方法の幅 | 運動が苦手な社員も参加しやすくするため | できない社員が離脱する |
| 強度の調整 | 心拍上昇や息切れへの不安を減らすため | 運動がストレス負荷になる |
| 休憩と見学の扱い | 無理をしない選択を守るため | 参加が強制に見える |
| HRVや心拍の使い方 | 評価や比較にしないため | 数値が独り歩きする |
| 管理職の声かけ | 運動が苦手な社員を責めないため | 健康施策が圧力になる |
| 終了後の回復時間 | 呼吸や体感を落ち着かせるため | 不安や疲労が残ったまま終わる |
この設計がないまま運動施策を入れると、健康経営の施策が一部の社員にだけ向いたものになります。
職場研修では、運動が得意な社員だけでなく、苦手な社員が安心して参加できることが重要です。
医療的な対応が必要な場合
この記事は、不安が高い社員への運動施策、HRV、交感神経、ストレス反応を、職場の健康支援の視点から書いたものです。
医学的な診断や治療を行うものではありません。
運動中や運動後に、強い動悸、息苦しさ、胸痛、めまい、強い不安、極端な疲労感、日常生活や仕事への支障が続く場合は、自己判断せず、医療機関や専門職に相談してください。
職場では、管理職や人事担当者が診断をする必要はありません。
無理をさせないこと、参加を強制しないこと、必要な相談先につなぐことが重要です。
まとめ|不安が高い社員には、運動量より安心して参加できる設計が必要
運動習慣がなく、不安が高い社員では、運動開始直後に心拍や呼吸の変化を強く感じ、ストレス反応として受け止める場合があります。
短期的には、HRVが低下する可能性もあります。
この変化を悪い反応と決めつけるのではなく、本人が安心して参加できたか、運動後に落ち着けたか、無理をしない選択が守られていたかを見る必要があります。
職場の健康支援で大切なのは、運動を一律に勧めることではありません。
不安、運動習慣、体力差、心理的負担に配慮しながら、社員が自分の身体反応に気づける研修設計を行うことです。
けんこう総研では、HRV・自律神経・運動時のストレス反応を、社員が安心して学べるストレス管理研修に置き換えています。
運動が苦手な社員や不安が高い社員にも配慮し、強制ではなく気づきにつながる研修を検討している場合は、以下のページをご覧ください。
参考文献
- Hansen, Å. M., Johnsen, B. H., & Sollers, J. J. Heart rate variability in stress and anxiety. Scandinavian Journal of Public Health. 2004;32(5):35-41.
- Dishman, R. K., Nakamura, Y., Garcia, M. E., et al. The effects of aerobic exercise on anxiety and heart rate variability. Psychosomatic Medicine. 2000;62(6):63-67.
文責:タニカワ久美子