ストレス管理
諦観はストレス対策か|受け入れと逃げの違い
このストレス管理カテゴリーでは、職場で起こる心身の反応を、社員の不調予防につなげる視点で扱っています。本記事の焦点は、「諦めること」をすすめることではありません。諦観がストレス対策になる場合と、ただの逃げや我慢になってしまう場合の違いを見ていきます。人事総務・健康経営担当者が、社員に無理な前向きさを求めず、自分を責めすぎない受け止め方を職場で伝えられる内容です。
諦観はストレス対策になるのか
諦観とは、ものごとのネガティブな面を見ないふりすることではありません。つらい現実をそのまま認めながらも、そこにこだわり続けすぎない態度のことです。
職場では、「諦める」という言葉が悪い意味で使われることがあります。努力をやめる、責任を放棄する、向き合わない、という印象があるからです。
しかし、心理学で考えられる適応的な諦観は、それとは違います。変えられないことに力を使い続けて自分をすり減らすのではなく、今できることに力を向け直す考え方です。
ただの諦めと適応的諦観は違う
ただの諦めは、「どうせ無理」「何をしても変わらない」「自分にはできない」と感じて、行動を止めてしまう状態です。この状態が続くと、無力感や落ち込みにつながりやすくなります。
一方で、適応的諦観は、行動を止めることではありません。自分では変えられないことを見極め、抱え込みすぎないようにする考え方です。
たとえば、相手の性格をすぐに変えることはできません。過去の出来事を消すこともできません。職場の制度を今日すぐ変えることも難しい場合があります。
それでも、自分の休み方を見直す、相談する相手を選ぶ、仕事の優先順位を確認する、必要なことを上司に伝える、といった行動はできます。適応的諦観は、止まるためではなく、動ける場所を見つけるための考え方です。
受け入れと回避の違い
ストレス対策では、「受け入れること」と「避けること」の違いを整理しておく必要があります。
受け入れるとは、今起きていることをなかったことにしない姿勢です。疲れている、つらい、腹が立っている、困っているという状態を、まず認めることです。
回避とは、その状態を見ないようにしたり、考えないようにしたり、問題を先送りし続けることです。一時的には楽になることがありますが、問題が残ったままだと、後から大きな負担になる場合があります。
適応的諦観は、回避ではありません。現実を見たうえで、すべてを自分一人で背負わないための受け止め方です。
ストレスに気づくだけでは不十分なことがある
職場のメンタルヘルス対策では、自分のストレスに気づくことが大切です。疲れている、眠れていない、イライラしやすい、集中しにくいといった変化に気づければ、早めに対応しやすくなります。
しかし、気づくだけでは不十分な場合があります。自分のストレスを見つめた結果、「自分は弱い」「またできていない」「周りに迷惑をかけている」と考えてしまう社員もいるからです。
このような場合、ストレスのモニタリングが、かえって自己否定を強めることがあります。そこで必要になるのが、気づいたあとに自分を責めすぎないための受け止め方です。
適応的諦観は自分を責めすぎないための考え方
適応的諦観は、「今の自分ではだめだ」と責めるための考え方ではありません。むしろ、自分を責め続ける状態から距離を取るための考え方です。
仕事で思うようにいかないことがあったとき、まじめな社員ほど「自分がもっと頑張ればよかった」と考えます。もちろん、振り返りは大切です。しかし、すべてを自分の責任にすると、心身の負担が大きくなります。
適応的諦観では、変えられることと変えられないことを分けます。自分で対応できる部分は行動に移し、自分だけでは変えられない部分は抱え込みすぎないようにします。
日本の職場では「諦める」が言いにくい
日本の職場では、責任感、協調性、周囲への配慮が大切にされます。そのため、「ここは手放してよい」「全部を背負わなくてよい」と言いにくい場面があります。
特に、人事、総務、管理職、教育職、医療・介護職、接客職のように、人の困りごとを受け止める立場では、自分の限界よりも相手の都合を優先しやすくなります。
その結果、本当は疲れているのに「大丈夫です」と答える。もう抱えきれないのに「自分がやります」と言う。断りたいのに「何とかします」と引き受ける。こうした積み重ねが、ストレス反応を強めることがあります。
企業研修で見える「諦めることが苦手な社員」
タニカワ久美子の企業研修では、ストレス対策の話をしていると、社員さんから「諦めるのはよくないことだと思っていました」という声が出ることがあります。
ある研修では、管理職の方が「部下の相談を全部受け止めないといけないと思っていた」と話されました。話を聞くと、部下の困りごとに一つひとつ対応し、上司からの期待にも応えようとして、自分の休憩や睡眠を後回しにしていました。本人は責任感で動いていましたが、表情には疲労が出ていました。
その場でタニカワ久美子が伝えたのは、「諦めましょう」ではありません。「全部を自分一人で解決しようとしなくてよい」ということです。部下の話を聞くこと、必要な支援につなぐこと、管理職として判断することは大切です。しかし、部下の人生や感情のすべてを背負う必要はありません。
研修では、変えられること、相談できること、いったん手放してよいことを分けて考えます。社員さんが「それなら諦めるというより、抱え込みすぎないということですね」と言葉にできたとき、表情が少しゆるみました。この気づきが、職場でのストレス対策につながります。
レジリエンスは耐え続ける力ではない
レジリエンスとは、困難な状況にあっても、心身の健康や行動を保ち、回復していく力のことです。
レジリエンスというと、どんなことにも耐えられる強さを思い浮かべる方もいます。しかし、職場で必要なレジリエンスは、耐え続けることだけではありません。
自分の疲れに気づく、助けを求める、変えられないことを抱え込みすぎない、いったん距離を取る。このような行動も、回復する力の一部です。
適応的諦観は、職場で働く人が自分を守るためのレジリエンスとして考えることができます。
認知行動療法との関係
認知行動療法では、出来事そのものだけでなく、それをどう受け止め、どう行動するかを見ます。
たとえば、上司から注意されたときに、「自分はだめだ」と受け止める人もいれば、「次に直せるところを確認しよう」と受け止める人もいます。出来事は同じでも、受け止め方によって心身の反応は変わります。
適応的諦観は、無理にポジティブに考え直すことではありません。つらいものはつらいまま認めたうえで、そこにとらわれ続けない考え方です。
尺度研究から見えること
適応的諦観に関する研究では、ストレスへの気づきや精神的健康との関係が検討されています。
ストレスへのモニタリング志向とは、自分のストレス反応に注意を向ける傾向のことです。自分の状態に気づくことは大切ですが、気づき方によっては不安や落ち込みを強めることがあります。
研究では、適応的諦観が、ストレスへのモニタリング志向と精神的健康の間に関わる要因として示されています。つまり、ストレスに気づいたあと、それをどのように受け止めるかが、精神的健康に影響する可能性があります。
ここで重要なのは、ストレスに気づくこと自体を否定しないことです。必要なのは、気づいたあとに自分を責め続けない考え方です。
ストレスチェック後にも適応的諦観は必要
職場では、ストレスチェックやアンケートによって、自分の状態に気づく機会があります。
しかし、結果を見た社員が「自分はストレスが高いのか」「管理職にどう見られるのか」「評価に響くのではないか」と不安になることもあります。
そのため、ストレスチェック後には、結果を見て終わりにしないことが大切です。高ストレスかどうかだけではなく、どの負担が続いているのか、何を一人で抱えているのか、どこなら支援できるのかを確認する必要があります。
適応的諦観は、結果に振り回されすぎず、今できる対処へ進むための考え方として役立ちます。
人事総務が確認しやすい声かけ
諦観という言葉をそのまま使うと、社員には伝わりにくい場合があります。職場では、次のような言葉に置き換えると話しやすくなります。
- 全部を一人で何とかしようとしていませんか
- 今すぐ変えられないことまで抱えていませんか
- 休んでもよい場面で、無理を続けていませんか
- 自分の責任ではないことまで責めていませんか
- 相談できる相手にまだ話せていないことはありませんか
- 今できることと、今は手放してよいことを分けてみませんか
このような声かけは、社員に諦めを求めるものではありません。抱え込みすぎている負担をほどき、次の行動を考えるための入口です。
職場で適応的諦観を活かすポイント
職場で適応的諦観を活かすには、「諦めることも大事」とだけ伝えないことが重要です。言い方を間違えると、「我慢しなさい」「期待しない方がよい」と受け取られる危険があります。
人事総務・健康経営担当者は、次のように整理すると伝えやすくなります。
- 変えられることと変えられないことを分ける
- 社員の不調を本人の努力不足にしない
- ストレスに気づいたあと、自分を責めさせない
- 管理職が部下の問題を一人で抱え込みすぎない
- 相談先や支援先につなぐ流れを明確にする
- 手放すことを「逃げ」ではなく「回復のための判断」として扱う
適応的諦観は、社員を消極的にする考え方ではありません。むしろ、抱え込みすぎて動けなくなる前に、行動できる範囲を取り戻すための考え方です。
諦観は逃げではなく、自分を守る考え方になる
諦観は、何もしないことではありません。つらい現実を見ないふりすることでもありません。
適応的諦観とは、現実を受け止めたうえで、すべてを自分の責任にしないことです。変えられないことに力を使い続けるのではなく、今できることに力を向け直す考え方です。
職場のストレス対策では、社員に「もっと前向きに」と求めるだけでは足りません。気づいたストレスをどう受け止め、どこで力を抜き、誰に相談できるのかまで扱うことが必要です。
社員の抱え込みを防ぎ、ストレスへの気づきを不調予防につなげたい場合は、ストレスマネジメント研修をご確認ください。
参考文献
- 菅沼慎一郎ほか「精神的健康における適応的諦観の意義と機能」『心理学研究』89巻3号,229-239,2018年