健康経営戦略・KPI・エビデンス
健康経営の一環として、ウォーキングイベント、ストレッチ、体操、歩数管理、運動セミナーなどを取り入れる企業があります。
こうした施策は、社員が自分の身体や生活習慣に目を向けるきっかけになります。
しかし、運動施策は「実施したこと」だけでは成果につながりません。
最初は参加者が集まっても、しだいに参加する人が固定する。健康意識の高い社員だけが続ける。忙しい部署ほど参加できない。運動が苦手な社員は遠ざかる。自由参加のはずなのに、参加しないと目立つ。
さらに、「健康のためにまた何かやらされる」「人前で身体を動かすのが恥ずかしい」「体力差を見られたくない」と社員に受け取られると、よかれと思って始めた施策そのものが新しい負担になることがあります。
このような状態は、社員の健康意識が低いから起きるとは限りません。
運動施策が、業務時間、参加しやすさ、体力差、運動経験、心理的な抵抗感、更衣や身だしなみ、管理職の声かけ、評価方法とつながっていないと、健康施策が職場の日常に残らないからです。
職場の運動施策で重要なのは、社員をどれだけ動かしたかではありません。
社員が自分の状態に合わせて参加を選べること、仕事の流れの中で無理なく使えること、実施後の身体的・心理的な反応を確認して改善できることです。
この記事では、人事総務・健康経営担当者が、職場の運動施策を「参加者数を増やすイベント」ではなく、継続できる健康経営施策として設計するための考え方を整理します。

職場の運動施策は、社員を鍛えるためではなく、無理なく回復しやすい行動を職場に置くために設計します。
職場の運動施策が続かない5つの理由
職場の運動施策は、導入そのものは比較的始めやすい取り組みです。
ストレッチ動画を共有する。歩数イベントを行う。研修で軽い体操を取り入れる。昼休みにウォーキングを案内する。
一方で、実施後に「参加者がいつも同じ」「忙しい部署が参加しない」「研修の時だけで終わった」という状態になることがあります。
| 職場で起きていること | 背景にあること | 設計で見直したいこと |
|---|---|---|
| 参加者がいつも同じ | 健康意識や運動経験の高い社員だけが参加している | 運動が苦手な社員も選べる参加方法を用意する |
| 忙しい部署ほど参加できない | 健康施策が業務への追加予定になっている | 勤務中や会議前後に短く使える形にする |
| 最初だけ盛り上がる | イベント後の日常行動につながっていない | 研修後に職場で続ける行動を決めておく |
| 参加しない社員が目立つ | 自由参加でも暗黙の強制感がある | 不参加や代替行動を選べることを明確にする |
| 施策の成果が分からない | 参加率や歩数だけを見ている | 継続しやすさや心理的負担、職場での変化も確認する |
つまり、「良い運動メニューを用意したか」だけではなく、社員が実際に使える職場条件になっているかを見る必要があります。
運動効果が高くても、続けにくければ職場施策として定着しません
職場では、「短時間で効果が期待できる運動」を導入したくなることがあります。
しかし、運動の効率と、参加者が続けやすいかどうかは同じではありません。
DeckerとEkkekakisによる研究では、肥満があり日常の活動量が少ない女性を対象に、高強度インターバルトレーニングと中強度の持続的な運動を比較し、運動中の快・不快感や運動後の楽しさが検討されています。
この研究では、高強度インターバルトレーニングは、運動中の快適さや楽しさの面で中強度の持続的運動より低くなる傾向が示されています。
対象が限定された研究であるため、すべての社員にそのまま当てはめるものではありません。
職場で参考になるのは、短時間で効率的に見える運動でも、本人が「つらい」「次は参加したくない」と感じれば、継続する施策にはなりにくいという点です。
健康経営では、運動効果だけでなく、実施中の負担感、運動後の疲労、心理的な抵抗感、「これなら次もできそう」と感じられるかまで確認します。
一般的な運動イベントだけでは続きにくい理由
健康イベントとして運動を実施すると、その場では盛り上がっても、日常業務に戻ると続かないことがあります。
原因は運動内容そのものより、職場の流れや参加条件に合っていない場合があります。
着替えが必要。時間が長い。広い場所が必要。人前で大きく動く。汗や身だしなみが気になる。忙しい時間帯に実施する。参加するために仕事を止めなければならない。
このような条件があるほど、「健康施策への参加」が仕事とは別の追加タスクになります。
また、体型、体重、体力を意識させる案内になっていると、健康施策そのものに参加しにくい社員が出ることがあります。
職場で続けるなら、強い運動を増やすよりも、仕事の中に短く入れられ、本人が周囲を気にせず選べる回復行動として設計する方が使いやすくなります。
体型や体重を前面に出さない健康施策にする
職場で運動施策を案内するとき、「肥満対策」「ダイエット」「痩せるための運動」といった表現は慎重に扱う必要があります。
健康上の目的があっても、社員によっては「体型を評価されている」「自分が対象だと見られている」と感じ、必要な人ほど参加しにくくなる場合があります。
職場の案内では、体型を評価する言葉よりも、仕事中の困りごとや働きやすさに結びつけて伝える方が使いやすくなります。
- 疲れをためにくい身体の使い方
- 仕事中のこりやだるさを軽くする運動
- 休憩時間にできる軽いストレッチ
- 睡眠や気分の切り替えに役立つ身体の動かし方
- 長く働くための健康づくり
健康経営では、社員の体型を変えることを前面に出すのではなく、疲労、身体のこわばり、ストレス、働きやすさ、続けやすさを中心に伝えます。
運動を入れる前に「どの場面で使うか」を決める
職場の運動施策では、運動メニューを先に決めるのではなく、「どの場面で使うのか」を先に決めると日常行動につながりやすくなります。
| 職場の場面 | 取り入れやすい行動 | 設計上の目的 |
|---|---|---|
| 朝礼後 | 肩・背中を軽く動かす | 仕事開始前に身体状態へ気づく |
| 会議前 | 呼吸や姿勢を整える | 緊張を抱えたまま会議へ入らない |
| 長時間のPC作業後 | 立つ、肩を動かす、足首を動かす | 長時間座位を一度切る |
| 昼食後 | 短く歩く、姿勢を変える | 午後の仕事への切り替えに使う |
| 負荷の高い対応後 | 短い休息や呼吸を入れる | 次の業務へ緊張を持ち越さない |
重要なのは、すべての職場で同じ方法を使うことではありません。
自社の勤務形態、会議、休憩、顧客対応、現場作業などを見ながら、社員が実際に使える場面を決めます。
参加率や歩数ランキングを成果にしすぎない
健康経営では、施策の成果を数字で確認する必要があります。
そのため、参加率、歩数、継続日数、部署別参加率などを指標にすることがあります。
数字を取ること自体が問題なのではありません。
注意したいのは、数字が「健康施策を改善するための指標」ではなく、「社員を動かすための圧力」になっていないかです。
| 施策の進め方 | 社員に起こりやすい負担 | 見直したい方向 |
|---|---|---|
| 部署ごとの参加率を競わせる | 参加しないと部署に迷惑をかけると感じる | 部署間競争より参加しやすさを見る |
| 歩数ランキングを公開する | できる人・できない人の比較になる | 他人との順位より本人の変化を見る |
| 上位者だけを表彰する | 運動が苦手な社員が離れやすい | 継続方法や工夫も評価する |
| 参加率だけをKPIにする | 不参加者への声かけが強くなる | 安心して選べる状態も確認する |
| 短期間で成果を求める | できなかった社員が失敗感を持つ | 継続しやすさと職場での変化を見る |
健康経営のKPIは、社員を評価するためではなく、施策を改善するために使うことが重要です。
「自由参加」と書くだけでは、自由にならないことがあります
運動施策の案内に「自由参加」と書いてあっても、社員が本当に自由に選べるとは限りません。
部署単位で参加を促される。上司から直接声をかけられる。参加率が社内で見える。不参加の理由を聞かれる。
このような状況では、社員は「参加しないと印象が悪くなるのではないか」と感じることがあります。
| 職場で起こりやすい状況 | 社員が感じやすいこと | 設計で決めておきたいこと |
|---|---|---|
| 上司から個別に参加をすすめる | 断ると印象が悪くなりそう | 参加しない選択も認めると明示する |
| 部署単位で参加率を共有する | 自分が参加率を下げると感じる | 個人や部署を競わせる使い方を避ける |
| 不参加の理由を確認する | 体調や事情を説明させられる | 理由を言わずに見送れるようにする |
| 全員同じ運動を行う | できないところを見られる | 座位・見学・別の方法を選べるようにする |
制度として任意でも、職場の空気として断りにくければ、実質的には自由に選びにくい状態です。
管理職の声かけで、同じ施策の受け止め方が変わります
人事総務が自由参加として設計しても、現場管理職の声かけが強ければ、社員にとっては参加圧力になることがあります。
そのため、制度、実施時間、参加方法だけでなく、現場で使う言葉までそろえておく必要があります。
| 避けたい言い方 | 社員が感じやすいこと | 変えたい言い方 |
|---|---|---|
| みんなで参加しましょう | 断りにくい | 体調に合わせて参加を選べます |
| もっと動きましょう | 努力不足を指摘されたように感じる | 少し身体を切り替える時間にしましょう |
| 簡単なので誰でもできます | できない場合に言い出しにくい | 無理のない範囲で選べます |
| 参加率を上げましょう | 参加しない人が悪いように見える | 安心して試せる機会を増やしましょう |
| 全員立ってください | 体調差に対応できない | 座ったままでも、見学でも構いません |
健康経営で運動を取り入れるときは、参加を促すだけではなく、断れること、座位でもよいこと、休めること、別の方法を選べることを先に決めておきます。
運動が苦手な社員を基準から外さない
職場には、運動が好きな社員だけでなく、人前で身体を動かすことに抵抗がある社員、疲労が強い社員、体調や痛みに不安のある社員もいます。
また、体型を見られることへの抵抗、更衣や汗、髪型や服装の乱れが気になることで、運動施策への参加をためらう社員もいます。
こうした抵抗感は女性社員に限るものではありませんが、職場施策を設計するときに見落としたくない参加障壁です。
そのため、「元気な社員ならできる」ことを施策の標準にしないことが重要です。
立位だけでなく座位を選べる。短時間だけ試せる。見学できる。途中で止められる。着替えを必要としない内容も用意する。
こうした選択肢があると、施策は「参加するか、しないか」の二択ではなくなります。
肩こり・腰痛・疲労がある社員にどの程度の運動強度を選ぶかについては、次の記事で詳しく整理しています。
ストレス対策の運動強度はどう選ぶ?肩こり・腰痛を悪化させない職場セルフケア
強度は全員同じではなく、本人が選べる設計にする
職場の運動施策では、同じメニューでも社員によって負荷の感じ方が異なります。
運動経験がある社員には軽く感じられる内容でも、普段ほとんど運動していない社員には強い負担になる場合があります。
そのため、軽め、標準、少し強めといった選択肢を用意したり、途中で休める、椅子に座ったまま行える、見学できることをあらかじめ伝えます。
運動施策で大切なのは、「全員が同じ内容を最後まで行った」ことではありません。
自分の体調、疲労、運動経験、不安に合わせて強度を調整できたかを見ることが重要です。
医療的な配慮が必要な社員を、職場施策だけで対応しない
職場の運動施策は、医学的な診断や治療、個別の運動処方を行うものではありません。
痛み、めまい、息苦しさ、強い疲労、持病、治療中の疾患などがある場合には、無理に職場の運動へ参加させず、必要に応じて医療機関や専門職への相談を検討します。
職場側が行うのは診断ではありません。
全員に同じ動きを求めず、見学、座位、途中離脱、不参加を選べるようにしておくことです。
参加率だけではなく、施策が職場で機能しているかを見る
職場の運動施策は、実施して終わりではありません。
健康経営として続けるなら、「何人参加したか」に加えて、施策が社員や職場にどのように受け止められているかを確認します。
| 確認する視点 | 確認したいこと |
|---|---|
| 参加者の偏り | いつも同じ社員だけが参加していないか |
| 部署差 | 忙しい部署だけ参加しにくくなっていないか |
| 運動経験 | 運動が苦手な社員が施策から離れていないか |
| 心理的負担 | 人前で動くこと、体型、強度などが参加障壁になっていないか |
| 使う場面 | 朝礼・会議前後・長時間座位後など職場で使う場面が決まっているか |
| 選択のしやすさ | 参加しない、軽く参加する、休むを選べるか |
| 継続性 | イベント終了後も職場で使える行動が残っているか |
| 管理職の関わり | 参加を強制せず、回復行動を認めているか |
| 実施後の反応 | 施策が身体的・心理的な新たな負担になっていないか |
参加率が低ければ、「社員の意識が低い」と判断するのではなく、実施時間、業務量、参加方法、強度、案内文、管理職の伝え方など、設計側に改善できる点がないかを確認します。
健康経営の運動施策を見直す5つの視点
- 目的:体力づくり、座りっぱなし対策、気分転換、ストレス管理など、何を変えたい施策なのか。
- 対象:健康意識の高い社員だけでなく、忙しい社員や運動が苦手な社員も使えるか。
- 場面:朝礼、会議前後、PC作業後など、実際にいつ使うのかが決まっているか。
- 選択:参加しない、軽く参加する、座位にする、強度を下げる、休むことができるか。
- 評価:参加率だけではなく、継続しやすさ、心理的負担、職場での変化も確認しているか。
この5点が揃っていないと、運動施策は単発イベントになりやすくなります。
「良い施策なのに続かない」ときは、社員ではなく設計を見る
健康によい施策ほど、「参加しない社員の意識に問題がある」と考えてしまうことがあります。
しかし、続かない理由は社員本人だけにあるとは限りません。
勤務時間中に参加できない。参加すると仕事が遅れる。実施時間が長い。人前で目立つ。着替えや汗が気になる。運動が苦手でも断りにくい。強度が自分には高すぎる。
この状態で「もっと参加を促す」と、施策そのものがストレスになる可能性があります。
必要なのは参加促進だけではなく、なぜ参加しにくいのか、なぜ続けにくいのかを施策側から確認することです。
タニカワ久美子の企業研修では「気合い」ではなく「使える場面」を設計します
タニカワ久美子の企業研修では、ストレス対策として軽い身体の動きや身体感覚への気づきを取り入れることがあります。
ただし、運動パフォーマンスや成果を競わせることは目的にしていません。
研修には、身体を動かすことが好きな社員もいれば、苦手な社員もいます。疲れていて休みたい社員もいます。人前で動くことや、体力差を見られることに抵抗を感じる社員もいます。
そのため、「全員が同じようにできること」ではなく、自分の状態に気づき、無理なく選べることを重視しています。
椅子に座ったまま短く肩を動かしたあとに、「肩に力が入っていたことに気づいた」「少し呼吸がしやすくなった」と話す社員もいます。
こうした反応をその場だけで終わらせないために、「会議前に使う」「長時間PC作業のあとに使う」「午後の切り替えで使う」というように、職場で使う場面まで整理します。
管理職には、部下へ運動を強制するのではなく、短い回復行動を取りやすく、参加しない選択も認められる職場環境をつくる視点を共有します。
健康経営では、運動施策をKPIと職場改善につなげる
運動施策を健康経営として継続する場合、イベントの実施回数や参加率だけで終わらせず、次の施策改善につながる評価が必要です。
参加者が固定していないか。忙しい部署でも利用できているか。運動が苦手な社員も参加方法を選べているか。管理職の理解があるか。仕事の流れの中に使う場面があるか。社員が施策を身体的・心理的な負担と感じていないか。
その結果をもとに、実施時間、案内方法、運動強度、対象者、管理職への説明、KPIを調整します。
健康経営は、「何を実施したか」ではなく、「実施後に職場がどう変わったか」を確認して次の施策につなげることが重要です。
健康経営施策のKPI・評価方法を整理したい人事総務・健康経営担当者へ
運動施策の参加率だけでなく、「誰が参加できていないか」「どの場面なら職場で使えるか」「継続しているか」「社員の負担になっていないか」まで確認すると、次の改善策を考えやすくなります。
健康経営施策の目的・KPI・評価項目を整理するための判断シートをご用意しています。
まとめ|職場の運動施策は、参加者を増やすより「使えて続く条件」を設計する
職場の運動施策は、社員の健康づくりやストレス対策のきっかけになります。
一方で、強すぎる運動、体力差が目立つ設計、人前で身体を動かすことへの抵抗、体型を意識させる案内、参加率や歩数ランキング、部署比較、全員参加、管理職からの強い声かけは、社員のプレッシャーになることがあります。
人事総務・健康経営担当者が見るべきなのは、参加者数だけではありません。
参加者が偏っていないか。忙しい部署でも使えるか。運動が苦手な社員も選択できるか。本人に合う強度を選べるか。職場で実際に使う場面が決まっているか。研修やイベント後にも行動が残っているか。
こうした条件を確認しながら、運動施策を職場の働き方や健康経営のKPIとつなげていくことが重要です。
けんこう総研では、研修を実施して終わらせるのではなく、社員の反応、管理職の行動、人事総務の判断、KPI、職場改善までつなげる健康経営のフォローアップを行っています。
参考文献
- Decker ES, Ekkekakis P. More efficient, perhaps, but at what price? Pleasure and enjoyment responses to high-intensity interval exercise in low-active women with obesity. Psychology of Sport and Exercise. 2017.
- 佐々木万丈, 西田保, 渋倉崇行. 体育授業中の友人ストレッサーとコーピング. 体育学研究. 2007;52(6):453–463.
- 長野真弓, 足立稔ほか. 児童の体力ならびにスクリーンタイムと心理的ストレス反応との関連性 −地方都市郊外の公立および都市部私立小学校における検討−. 体力科学. 2015;64(1):195–206.
文責:タニカワ久美子
\n著者・実績・研修依頼
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。