ウェアラブル・HRV・ストレス計測|健康経営のKPI・行動変容
血液検査や唾液検査で、社員のストレスや疲労を数値化できるのでしょうか。
結論からいえば、血液や唾液からストレス反応に関係する生理的な変化を調べることはできますが、一つのバイオマーカーだけで、その人の「ストレス度」や仕事上の負担を決めることはできません。
コルチゾール、唾液αアミラーゼ、HRV、スマートウォッチのストレス表示は、それぞれ見ている身体反応や測定方法が異なります。また、睡眠、運動、食事、時間帯、体調、薬、測定条件などによって数値が変わることがあります。
人事総務・健康経営担当者に必要なのは、「どの数値が一番正確か」を決めることではありません。何を測っている数値なのか、何までは分かり、何は判断できないのかを区別することです。
血液検査だけで「ストレス度」を決めることはできない
ストレスを受けると、身体では神経系、内分泌系、免疫系などにさまざまな反応が生じます。その一部を調べるため、研究では血液や唾液などのバイオマーカーが使われます。
代表的なものの一つがコルチゾールです。コルチゾールは、ストレス反応に関係する視床下部―下垂体―副腎系(HPA系)と関係するホルモンです。
しかし、「血中コルチゾールが高い=仕事のストレスが高い」と単純に判断することはできません。
コルチゾールは時間帯によって変化し、睡眠、身体活動、体調、薬、生活習慣などの影響も受けます。また、生理的な反応が確認できても、本人が何に困っているのか、職場のどの要因が負担になっているのかまでは分かりません。
| 確認するもの | 分かる可能性があること | それだけでは分からないこと |
|---|---|---|
| 血液中コルチゾール | HPA系に関連する生理的反応の一部 | 仕事上のストレス原因や本人のつらさ |
| 唾液コルチゾール | コルチゾール反応を比較的低侵襲に確認する研究指標 | 社員個人の総合的なストレス度 |
| 唾液αアミラーゼ | 自律神経系に関連する反応を考える研究上の手がかり | 心理状態、疾病、勤務能力の判定 |
| HRV | 心拍間隔の変動 | ストレスの原因や本人の悩みの内容 |
| ウェアラブルのストレス表示 | 機器が複数の生体情報から推定した状態 | 医学的診断や社員の勤務能力 |
「測定できる身体反応」と「その社員のストレス度」は同じものではありません。ここを分けて理解することが、職場でバイオマーカーを扱う最初のポイントです。
ストレス測定データを法人でどこまで使ってよいか整理したいご担当者へ
測れる項目だけでなく、利用目的、本人への説明、データの共有範囲、社員評価との切り分けを導入前に確認しておくことが重要です。
唾液コルチゾールも「ストレス点数」ではない
唾液コルチゾールは、採血を行わずに試料を採取できるため、心理・行動医学などのストレス研究で広く使われてきました。
一方で、唾液コルチゾールの値は、採取時間、食事、運動、睡眠、生活習慣、薬、採取方法などの影響を受けます。
そのため、一回の測定値だけを見て「この人はストレスが高い」「この部署は問題がある」と判断する使い方には適しません。
| 確認したい条件 | なぜ必要か |
|---|---|
| 測定時刻 | コルチゾールには日内変動があるため |
| 睡眠・起床時刻 | 測定前の生活条件が値に影響する可能性があるため |
| 運動 | 身体的負荷によって生理反応が変わるため |
| 食事・飲酒など | 採取条件をそろえないと比較しにくくなるため |
| 測定方法 | 採取・保存・分析方法によって結果が変わる可能性があるため |
唾液コルチゾールは有用な研究指標ですが、職場の社員を一人ずつ評価するための「ストレス検査」ではありません。
唾液αアミラーゼは何を見る指標か
唾液αアミラーゼも、ストレス研究で用いられるバイオマーカーの一つです。自律神経系、とくに交感神経系に関連する反応を考えるための指標として研究されています。
ただし、こちらも心理的ストレスだけに反応する数値ではありません。身体活動、食事、測定条件などによって変化する可能性があります。
したがって、「唾液αアミラーゼが高かったから強いストレスがある」と個人単位で断定するのではなく、研究条件や他の情報と組み合わせて解釈する必要があります。
HRV・スマートウォッチは血液検査とは別の情報を見る
HRVやスマートウォッチのストレス表示は、血液や唾液のバイオマーカーとは測定の仕組みが異なります。
HRVは、心拍と心拍の間隔がどの程度変動しているかを見る指標です。スマートウォッチでは、機種によって心拍、HRV、活動量、睡眠、皮膚反応などの情報を組み合わせて、ストレスや回復に関する表示を行うものがあります。
これらは日常生活の中で継続的に振り返りやすい一方、機器の種類、装着状態、身体活動、睡眠、個人差などの影響を受けます。
HRVについて詳しく確認したい場合は、「ストレスの生理的指標|心拍・HRVを健康経営で見る視点」も参考にしてください。
ウェアラブル測定の精度や誤差については、「ウェアラブルのストレス測定は信頼できる?|誤差と判断条件」で分けて解説しています。
2437では、どの機器が優れているかではなく、血液・唾液などのバイオマーカーを「ストレス度そのもの」と誤解しないことに焦点を置きます。
研究で関連があっても、社員評価に使えるとは限らない
ストレス研究では、一定の条件のもとでバイオマーカーと心理的・生理的反応との関連が検討されます。
しかし、研究で統計的な関連が報告されていることと、企業が一人の社員について「この数値だからストレスが高い」と判断できることは別です。
実際の職場では、社員ごとに睡眠、勤務時間、身体活動、健康状態、生活環境、測定時刻などが異なります。
そのため、研究結果を職場へ持ち込むときは、次の3段階を分けます。
| 段階 | 何を意味するか |
|---|---|
| 研究で関連が示される | 一定条件の集団で統計的な関係が確認される |
| 本人が振り返る | 自分の体感や生活状況と照らして考える材料にする |
| 会社が判断する | 個人の数値だけで評価・査定・配置を決めない |
集団研究の結果を、そのまま個人の人事判断へ変換しないことが重要です。
職場で測定値を扱う前に決めたい5項目
健康経営で生体データを扱う場合、人事総務が最初に決めるのは「測定方法」だけではありません。
| 確認項目 | 導入前に決めること |
|---|---|
| 利用目的 | 何のために測定するのかを具体化する |
| 取得範囲 | 目的に必要な情報だけを扱う |
| 閲覧範囲 | 誰が個人データを確認できるのかを明確にする |
| 利用しない範囲 | 人事評価、査定、配置、勤務能力の判定などへの流用を避ける |
| 測定後の支援 | 本人へのフィードバックや必要な相談先を決める |
特に重要なのは、健康支援を目的として取得した情報を、別の目的へ安易に流用しないことです。
社員の心身の状態に関する情報を取り扱う場合は、法令や社内規程、利用目的、情報管理の方法などを確認し、必要な範囲で適切に管理します。
バイオマーカーより先に本人の声と職場状況を見る
人事総務が社員のストレスや疲労を考えるとき、血液やHRVなどの数値がなければ支援できないわけではありません。
本人の疲労感、睡眠、休憩状況、業務量、勤務時間、相談しやすさなど、職場で確認できる情報があります。
| 確認すること | 次に考えること |
|---|---|
| 疲労感が強くなっていないか | 業務量や休息の状況を確認する |
| 睡眠不足が続いていないか | 長時間勤務や勤務時間帯を確認する |
| 休憩を取れているか | 休憩しにくい業務設計がないかを見る |
| 困ったときに相談できるか | 管理職の声かけや相談導線を見直す |
| 以前と違う状態が続いていないか | 必要に応じて産業保健スタッフや専門職へつなぐ |
測定データは、こうした情報の代わりになるものではありません。数値、本人の体感、働き方を組み合わせて考えることで、次の支援を決めやすくなります。
タニカワ久美子の企業研修では、数値を正解にしない
タニカワ久美子の企業研修では、生体データを「良い社員・悪い社員」を分けるための数値として扱いません。
まず本人に、疲労感、睡眠、呼吸のしやすさ、身体のこわばり、緊張した場面、休憩状況などを振り返ってもらいます。
測定値がある場合も、それを答えにするのではなく、「自分の体感とどう違うか」「どのような勤務状況だったか」「自分は何をすると少し回復しやすいか」を考える材料として使います。
測定を研修のゴールにせず、休憩、軽い運動、睡眠、相談、業務調整など、その後の行動へつなげることを重視しています。
医療判断と健康経営の判断を分ける
血液検査、唾液検査、HRV、ウェアラブルの測定情報は、それぞれ異なる目的と限界があります。
強い不眠、動悸、息苦しさ、めまい、強い疲労感などが続く場合や、仕事・日常生活への支障がある場合は、職場がバイオマーカーだけで状態を判断するのではなく、産業保健スタッフや医療専門職など適切な相談先へつなぐことが重要です。
人事総務や管理職の役割は、血液やHRVの数値から診断することではありません。本人の変化に気づき、必要な支援につながりやすい環境をつくることです。
血液や唾液の数値は「ストレス度そのもの」ではない
血液や唾液から、ストレス反応に関係する身体の変化を調べることはできます。
しかし、コルチゾールや唾液αアミラーゼ、HRVなど一つの数値から、その人のストレスの原因、つらさ、勤務能力まで判断することはできません。
血液・唾液などのバイオマーカーは「ストレスを何点と決める数字」ではなく、生理的な反応を理解するための一つの情報です。
健康経営で扱う場合は、社員同士を比較するのではなく、本人の体感、睡眠、休憩、業務量、相談状況などと合わせて、次にどのような支援が必要かを考える材料として位置づけます。
参考文献・資料
- Nater UM, Skoluda N, Strahler J. Biomarkers of stress in behavioural medicine. Curr Opin Psychiatry. 2013;26(5):440-445.
- Hellhammer DH, Wüst S, Kudielka BM. Salivary cortisol as a biomarker in stress research. Psychoneuroendocrinology. 2009;34(2):163-171.
- Ali N, Nater UM. Salivary Alpha-Amylase as a Biomarker of Stress in Behavioral Medicine. Int J Behav Med. 2020;27(3):337-342.
- Task Force of the European Society of Cardiology and the North American Society of Pacing and Electrophysiology. Heart rate variability: standards of measurement, physiological interpretation and clinical use. Circulation. 1996;93(5):1043-1065.
- 厚生労働省「労働安全衛生法 第104条(心身の状態に関する情報の取扱い)」
ストレス測定を「測って終わり」にせず、職場支援につなげたいご担当者へ
けんこう総研では、HRV、睡眠、疲労感などの測定情報だけで社員を評価せず、本人の気づき、セルフケア、管理職の声かけ、職場改善へつなげる企業向け健康経営支援を行っています。
文責:タニカワ久美子
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。