健康経営戦略・KPI・エビデンス
ストレス測定やHRV、ウェアラブルのデータを集めたあと、人事総務が困りやすいのが「この2つの数値を比べてよいのか」という問題です。
同じ指標名でも、測定した時間帯、姿勢、勤務状況、休憩前後、睡眠、身体活動、使用機器などが違えば、数値の意味も変わります。
ストレス測定で重要なのは、数値を取ることより、比較できる条件で取れているかを確認することです。
部署比較、研修前後比較、施策前後比較を行うなら、「何をそろえるか」「何はそろえられなかったか」「どこから先は比較しないか」を測定前に決めます。
ストレス測定は「何を比較したいか」から条件を決める
測定条件を決める前に、人事総務が最初に確認したいのは、何と何を比較したいのかです。
比較する対象が違えば、そろえるべき条件も変わります。
| 比較したいこと | 人事総務が知りたいこと | 特に確認する条件 |
|---|---|---|
| 同じ社員の経時変化 | 本人の状態が普段と変わったか | 時間帯、姿勢、測定時間、活動状態、使用機器 |
| 研修前後 | 研修後に変化が見られたか | 測定タイミング、対象者、業務状況、測定方法 |
| 部署間 | 職場ごとの傾向に違いがあるか | 測定時期、勤務形態、繁忙度、対象人数 |
| 施策前後 | 職場改善後に変化が見られたか | 季節、業務量、対象者、測定方法、外部要因 |
たとえば「部署Aと部署Bのストレス値を比較したい」と決めたなら、部署ごとに測定時刻や勤務条件が大きく違っていないかを確認します。
一方、同じ社員のHRVを継続して見るのであれば、同じような時間帯・姿勢・測定時間など、本人内で比較しやすい条件をそろえる方が重要になります。
「測れるものを比べる」のではなく、「比較したいものに合わせて測定条件を設計する」のが順番です。
同じHRVでも、測定条件が違えば単純比較できない
HRVは、心拍間隔の変動を表す指標です。
しかしHRVは、年齢などの個人差だけでなく、時間帯、身体活動、姿勢、呼吸、飲酒、体調、測定時間、測定方法など複数の要因の影響を受けます。
そのため、
- 朝に座って測ったHRV
- 午後の業務直後に測ったHRV
- 歩行中にウェアラブルで取得したHRV
を、同じ「HRV」という理由だけで横並びにはできません。
| 条件 | 比較前に確認すること |
|---|---|
| 測定時間帯 | 朝・昼・夜などがそろっているか |
| 姿勢 | 座位、立位、臥位などが大きく違っていないか |
| 身体活動 | 運動中・移動中・安静時を混在させていないか |
| 呼吸 | 呼吸法実施中など特殊な条件が入っていないか |
| 記録時間 | 比較する測定時間の長さがそろっているか |
| 機器・算出方法 | 別機器や別アルゴリズムの値をそのまま比較していないか |
HRVの一般的な意味を詳しく確認したい場合は、HRV専用記事へ分けて確認し、4858では「比較条件がそろっているか」だけを判断します。
全部の条件を完全にそろえる必要はない
企業の現場では、研究室のようにすべての条件を固定することはできません。
部署によって始業時刻が違う。夜勤がある。出社と在宅勤務が混在する。繁忙期も部署ごとに異なる。このような違いは実務では避けられません。
そこで、人事総務は条件を3つに分けます。
| 区分 | 考え方 | 例 |
|---|---|---|
| そろえる条件 | 比較のため原則固定する | 測定方法、機器、測定時間帯など |
| 記録する条件 | 固定できないが、後で解釈できるよう残す | 繁忙度、睡眠、残業、勤務形態など |
| 比較を止める条件 | 違いが大きければ直接比較しない | 異なる機器・大きく異なる測定状況など |
すべてを統制するのではなく、「固定するもの」「記録するもの」「比較しないもの」を決めることが企業の測定条件設計です。
測定データはあるが、どこまで健康経営の評価に使ってよいか整理したいご担当者へ
測定項目だけでなく、比較条件、対象者、研修後の行動変化、管理職支援、職場改善まで含めて評価指標を整理するための設計シートです。
部署比較をする前に、勤務条件の違いを確認する
部署別のグラフが作れると、「どの部署が高いか」を比較したくなります。
しかし、部署Aが午前中、部署Bが午後の繁忙時間帯に測定していた場合、その差には部署そのものだけでなく測定条件の違いが含まれます。
また、日勤中心の部署と夜勤を含む部署、デスクワーク中心の部署と身体活動が多い部署でも条件が異なります。
部署間を比較するときは、少なくとも次を確認します。
- 測定日時は大きく異なっていないか
- 勤務形態は同程度か
- 測定前の業務負荷は似ているか
- 繁忙期・通常期の違いはないか
- 対象人数や回答率が大きく違っていないか
- 同じ測定方法・機器を使っているか
条件が大きく違う場合は、「部署Bの方がストレスが高い」と説明せず、「今回の条件では単純な部署比較はできない」と止める判断が必要です。
施策前後では「同じ時期に測ったか」を確認する
研修や職場改善の前後比較でも、測定条件は重要です。
たとえば、年度末の繁忙期に施策前測定を行い、業務が落ち着いた時期に施策後測定を行えば、数値が改善する可能性があります。
しかし、その変化が施策によるものなのか、単に業務量が下がったためなのかは分けられません。
| 確認すること | 社内説明で注意すること |
|---|---|
| 測定時期 | 繁忙期と通常期の差がないか |
| 対象者 | 前後で同じ対象者を比較できているか |
| 勤務状況 | 残業や業務量に大きな変化がないか |
| 測定方法 | 同じ機器・質問票・設定を使っているか |
| 別施策 | 同じ期間に他の施策や制度変更がなかったか |
条件が完全には一致しない場合、
「施策後に数値の変化が確認された」
ことと、
「施策によって改善したことが証明された」
ことを分けて説明します。
質問票でも、回答条件をそろえる
測定条件の問題は、HRVやウェアラブルだけではありません。
ストレス質問票や研修後アンケートでも、回答する条件が変われば比較結果に影響します。
たとえば、同じ質問票でも、
- 繁忙期と通常期
- 研修直後と1か月後
- 勤務中と休日
- 匿名回答と記名回答
- 回答対象期間の違い
では、回答者が思い浮かべる状況が変わる可能性があります。
前後比較を行うなら、同じ質問項目だけでなく、回答時期・回答方法・対象期間もできるだけ合わせることが重要です。
測定サービスを比較するときは「数値が出るか」より条件管理を見る
人事総務がウェアラブルやストレス測定サービスを比較するとき、機能一覧だけを見ると、測定項目が多いサービスほど魅力的に見えます。
しかし、施策評価に使うなら、次の質問をベンダーへ確認した方が実務的です。
| 比較項目 | 確認したいこと |
|---|---|
| 測定条件 | 推奨する時間帯、姿勢、測定時間などが決められているか |
| データ品質 | 測定失敗・装着不良・欠損を区別できるか |
| 機器・アルゴリズム | 機器や算出方法が変更された場合に説明されるか |
| 記録情報 | 測定日時や装着時間など比較に必要な情報を確認できるか |
| 比較可能性 | 条件が違うデータをどこまで比較してよいか説明できるか |
| 限界 | 何を判断できないか明示されているか |
「測定できる項目数」より、「同じ条件で繰り返し比較できる設計か」を見る。これが効果測定を目的にサービスを選ぶときの比較軸になります。
条件がそろっていないデータは「捨てる」のではなく役割を変える
測定条件がそろっていないからといって、そのデータにまったく価値がないとは限りません。
ただし、使い方を変えます。
| 条件の状態 | 使い方 |
|---|---|
| 比較条件がおおむねそろっている | 前後・時系列比較の材料として検討する |
| 一部条件が異なる | 条件差を明示し、参考情報として扱う |
| 条件差が大きい | 直接比較せず、本人の振り返り等に限定する |
| 測定条件が不明 | 施策効果や部署評価には使わない |
「データがあるから何か判断しなければならない」と考える必要はありません。
比較できないデータを、比較しないと決められることも測定設計の一部です。
条件をそろえた後に、初めて統計検定を考える
少人数の職場データでは、Wilcoxon符号付順位検定やMann–Whitney U検定などの非パラメトリック検定を使う場面があります。
しかし、統計検定を選ぶ前に、比較対象となるデータの条件がそろっているかを確認します。
測定条件が大きく異なるデータに高度な統計手法を使っても、「何の違いを比較しているのか」という問題は解決しません。
非パラメトリック検定とは|少人数の職場ストレスデータでどれを使う?では、測定条件を確認した後に、データの形から検定候補を選ぶ方法を整理しています。
条件設計が先、統計検定はその後です。
測定結果を見た経験を、次の社内行動へ変える
測定条件を整理する目的は、きれいなデータを作ることだけではありません。
一度測定して「比較しにくかった」と分かった経験を、次回の企業内運用へ反映します。
| 今回分かったこと | 次回、人事総務が変えること |
|---|---|
| 部署ごとに測定時刻が違った | 共通の測定時間帯を決める |
| 休憩前後が混在していた | 測定タイミングを事前通知する |
| 装着時間がばらばらだった | 必要な装着条件を参加者へ説明する |
| 繁忙度が記録されていなかった | 業務状況も同時に記録する |
| 結果を部署評価として受け取られた | 利用目的と「評価には使わない範囲」を先に説明する |
測定経験を「データが取れた」で終わらせず、次回の測定手順、社員への説明、管理職への共有方法まで変える。
ここまで進むと、ストレス測定が単発イベントではなく、健康経営の運用改善になります。
タニカワ久美子の企業研修では、数値を見せる前に条件を確認する
タニカワ久美子の企業研修では、測定結果に差が出たとき、すぐに「良くなった」「悪くなった」と説明しません。
先に確認するのは、測定した時刻、仕事の忙しさ、休憩前後、睡眠や疲労感、対象者、測定方法などです。
たとえば部署間に差が出ても、片方が繁忙期で、もう片方が通常勤務だったなら、その違いを無視して部署評価には使いません。
また、研修後に数値が変化した場合も、「数値が改善したから研修成功」とはせず、社員が休憩を取りやすくなったか、軽い運動を続けたか、相談行動や管理職の声かけが変わったかまで確認します。
数値を説明する経験を、次の測定方法と職場行動の改善へつなげることを重視しています。
ストレス測定前に、人事総務が決めたい条件設計表
| 確認項目 | 測定前に決めること |
|---|---|
| 比較目的 | 本人内、部署間、施策前後など何を比べるか |
| 使用指標 | HRV、質問票、睡眠等のどの指標を見るか |
| 固定条件 | 時間帯、姿勢、機器、測定時間など何をそろえるか |
| 記録条件 | 睡眠、繁忙度、勤務形態など何を残すか |
| 対象者 | 誰を測り、前後で同じ対象者を追うか |
| 比較中止条件 | どの条件差なら直接比較しないか |
| 利用範囲 | 社員評価・部署評価等に使わない範囲を決める |
| 測定後 | 結果を誰が見て、どの施策判断へつなげるか |
この項目が決まっていれば、ベンダーや測定機器を比較するときにも、「何が測れるか」だけではなく、自社が必要とする条件でデータを継続して取れるかを確認できます。
ストレス測定は「数値」より先に「比較条件」を設計する
ストレス測定値を健康経営で利用するとき、同じ指標名なら比較できるとは限りません。
時間帯、姿勢、活動状態、測定時期、機器、対象者、勤務状況などが違えば、その差が数値へ含まれる可能性があります。
人事総務が最初に決めるのは、何を測るかだけではありません。
何と何を比較するのか。何をそろえるのか。何を記録するのか。そして、どの条件なら比較しないのか。
この4点を決めてから測定すると、データを「取った実績」で終わらせず、研修・職場改善・施策評価へ使いやすくなります。
ストレス測定や研修データを、健康経営の施策評価までつなげたいご担当者へ
けんこう総研では、測定項目だけでなく、測定条件、比較方法、研修後の行動変化、管理職支援まで含めて健康経営の評価設計を支援しています。
参考資料
- Quigley KS, Gianaros PJ, Norman GJ, et al. Publication guidelines for human heart rate and heart rate variability studies in psychophysiology-Part 1. Psychophysiology. 2024;61(9):e14604.
- Task Force of the European Society of Cardiology and the North American Society of Pacing and Electrophysiology. Heart rate variability: standards of measurement, physiological interpretation and clinical use. Circulation. 1996;93(5):1043-1065.
- Heart rate variability measurement and influencing factors: Towards the standardization of methodology. 2024.
文責:タニカワ久美子
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。