タニカワ久美子の講演スピーチ
健康科学&タニカワ久美子 ~ストレス管理の実践から探るエビデンス~
2024年12月25日更新
【1】現代社会におけるメンタルヘルスの重要性
現代社会におけるメンタルヘルスの重要性は、個人の幸福度向上のみならず、社会経済的な観点からも広く認識されるようになってきました。
特に職場におけるストレスや精神疾患の増加は、労働生産性の低下や医療費の増大を引き起こし、社会全体の課題として浮上しています。厚生労働省の統計によれば、うつ病や不安障害などの精神疾患を有する労働者数は年々増加傾向にあり、企業や行政機関の対策が急務とされています。また、精神保健学領域においては、職場や学校、地域社会といった多様な環境の特性を踏まえながら、個々の特性に適応した予防策や支援策を構築する必要があります。
先行研究が示す職場ストレスのメカニズム
先行研究を概観すると、KarasekとTheorell(1990)のJob Demand-ControlモデルやSiegrist(1996)のEffort-Reward Imbalanceモデルなど、職場ストレスの生成過程を理論的に説明する枠組みが確立されています。
これらのモデルによれば、
・高い仕事要求度と低い裁量権の組み合わせ
・成果に見合わない報酬構造などが長期的に持続することで、従業員の精神的負荷が増大すると指摘されています。しかしながら、実際の職場では多様な人間関係や企業文化、社会的要因が複雑に影響を与えており、理論を現実に応用するためには、より包括的かつ実践的な研究が求められています。
私自身の実践経験が示す多層的な要因
私自身、企業向けの健康経営コンサルティングやストレス管理セミナーを行う中で、こうした理論的モデルだけでは説明しきれない事象を数多く目の当たりにしてきました。たとえば、同じ業務量と締め切りを課せられた社員がいても、家庭環境や対人関係の状況、さらには個人のストレスコーピングスキルによって、メンタルヘルスの維持や悪化の度合いが大きく異なります。こうした多層的要因を踏まえ、実効性の高い介入策を設計するためには、生物学的指標(心拍変動や睡眠質)と心理学的指標(自己効力感やレジリエンス)を併せてモニタリングし、個別化された介入プログラムを構築する必要があると考えています。
健康科学「精神保健学」で取り組む課題
健康科学の「精神保健学」の研究分野として私が今後取り組むべき課題としては、第一に、ストレスの多因子モデルに基づいた革新的な評価手法の開発と普及です。ウェアラブルデバイスによる生体データの収集やAIを活用したビッグデータ解析が進む今、従来型のアンケート調査だけでは把握しきれない詳細なストレス反応やリスク要因を可視化することが可能となりつつあります。第二に、精神疾患の予防や早期発見を支援する仕組みづくりも重要です。オンライン診療や遠隔支援システムを活用し、地理的・時間的制約を乗り越えた連携体制を構築することで、より広範囲にわたる支援が期待できます。第三に、多職種連携や地域連携が今後さらに求められます。精神科医や臨床心理士だけでなく、保健師、産業医、行政担当者など、さまざまな専門家の協働による包括的な支援体制を整備することが、精神保健学の発展には欠かせません。
研究活動を通じた私の貢献と目標
私、タニカワ久美子は、これまで企業の健康経営支援やストレス管理の研修に携わることで、理論と実践の双方から問題意識を深めてまいりました。さらに、ストレス研究に関する学術的な知見を積み上げることで、エビデンスに基づいた介入モデルを提案したいと考えています。具体的には、企業内でのストレス評価ツールの開発や、個々人のレジリエンスを高める研修プログラムの実施とその効果測定を行い、産学共同でのエビデンス創出を目指します。最終的には、私自身の研究成果を国内外の学術学会や専門誌で発信するだけでなく、社会実装への道筋を明確に描くことで、精神保健学全体の発展と日本社会における精神的健康の底上げに寄与することが私の大きな目標です。
学びを社会に活かす展望
今後は、実践現場の課題をさらに理論的に深掘りし、統合的なストレスマネジメント手法を学術レベルで確立していきたいと考えています。そして、研究成果を経営者や人事担当者に提示し、多様な職場環境に適したストレス対策の導入と評価を加速させることで、社会全体の健康水準向上に貢献していく所存です。将来的には、産業界・学術界・行政をつなぐ橋渡し役として、現場のニーズと研究の新知見を総合的に活用し、日本における精神保健学の水準をさらに引き上げていきたいと願っています。