介護・福祉職の感情労働ストレス
福祉現場のソーシャルワーカーに困難相談が偏るとき
共感力の高い職員を抱え込ませない職場支援
この記事では、感情労働ストレス全般ではなく、福祉現場のソーシャルワーカーに困難相談や家族対応が偏り、共感力の高い職員が一人で抱え込みやすくなる場面を扱います。
感情労働ストレス全体の職場チェックや離職防止策は、親記事で整理しています。本記事では、ソーシャルワーカーの共感と境界設定を、管理職と人事総務がどこで職場支援に切り替えるかに焦点を絞ります。
ソーシャルワーカーには、利用者や家族の不安、怒り、混乱を受け止めながら、冷静に判断する力が求められます。共感すること、否定せずに聴くこと、安心感を与えることは、支援の質を支える大切な専門性です。
しかし現場では、この専門性が高い職員ほど、感情的に重い相談を任されやすくなります。
「この人なら落ち着いて対応できる」
「あの職員なら家族対応を任せられる」
「聞き上手だから、難しい相談も受け止めてくれる」
この評価が続くと、職員の共感力が、職場内で見えにくい負荷になります。本人が何も言わないまま、困難相談、家族対応、制度説明、関係者調整が集まり続けるからです。
企業担当者の違和感は、聞き上手な職員に相談が集まり続けること
人事総務や管理職が最初に気づく違和感は、欠勤や休職ではありません。
相談対応が上手な職員に、家族対応が集中している。
怒りをぶつけられる場面を、いつも同じ職員が受けている。
本人は「大丈夫です」と言うのに、対応後の表情が硬い。
事例共有の場では淡々としているのに、境界設定の話になると発言が止まる。
この状態は、本人の性格だけで片づけるものではありません。職場が、共感力の高い職員に感情対応を偏らせている可能性があります。
研修現場でも、まじめで責任感の強い職員ほど、「利用者さんの話を聴くのが仕事ですから」「家族が怒るのも無理はないので」と話します。けれども事例を振り返ると、「本当はあの言い方に傷ついていた」「相談のあと気持ちを切り替えられなかった」と言葉が出てくることがあります。
この反応を、本人の弱さとして扱うと見立てを誤ります。
個人の優しさではなく、職場が負荷を偏らせている状態です
共感力の高い職員が疲弊しやすいのは、優しすぎるからではありません。職場の中で、感情的に重い相談が特定の職員に集まりやすくなるからです。
利用者の不安を受け止める。
家族の怒りに冷静に対応する。
支援上の限界を説明する。
関係者の意見が割れる中で調整する。
これらは一つひとつを見ると、ソーシャルワーカーの通常業務に見えます。けれども、同じ職員に繰り返し集まると、共感、受容、冷静さ、境界設定を常に求められる状態になります。
職場からは「対応できている」と見えても、本人の中では、怒りを受け止めた疲労、支援できなかった申し訳なさ、相手に寄り添いきれなかった感覚が残っていることがあります。
ここを見落とすと、感情労働ストレスは職場課題ではなく、「あの人は抱え込みやすい」という個人評価にすり替わります。
社内で動かしにくい理由は、共感を否定できないことです
このテーマが社内で扱いにくいのは、共感そのものを否定できないからです。
共感は、支援職に必要です。
受容も、信頼関係をつくるために必要です。
冷静な対応も、利用者や家族を支えるために必要です。
問題は、それらを特定の職員の美徳として使い続けることです。
「あなたは聞き上手だから」
「あなたなら落ち着いて対応できるから」
「利用者さんもあなたには話しやすそうだから」
この言葉は、本人を評価しているようで、感情的負荷を固定化させる場合があります。職員も「期待されている」「自分が対応した方が早い」と考え、相談をチームに渡すタイミングを失います。
人事総務や管理職が難しいのは、共感を軽視せず、しかし抱え込みを美徳にしない線引きです。この線引きが曖昧なままでは、相談窓口を作っても、職員は自分から負荷を言い出せません。
専門職でも迷うポイントは、どこでチームに渡すかです
専門職でも迷うポイントは、「どこまで自分で受け止め、どこからチームに共有するか」です。
利用者の話を途中で止めると、冷たい支援に感じる。
家族の怒りを管理職に共有すると、自分の対応力不足に見える。
支援上の限界を伝えた後に残る申し訳なさを、誰に話してよいか分からない。
この迷いは、本人だけでは整理しにくいものです。支援の質、利用者との関係、家族対応、職場の人員体制、管理職の受け止め方が同時に関わるからです。
そのため、職員本人に「無理しないで」と伝えるだけでは不十分です。管理職がどの場面で声をかけるか。困難相談が誰に偏っているか。人事総務が離職防止の視点でどこを確認するか。ここまでつながっていないと、境界設定は個人任せになります。
タニカワの研修では、共感を境界設定の判断に変える
タニカワ久美子の感情労働ストレス研修では、ソーシャルワーカーの共感力を、本人の優しさや我慢強さとして扱いません。職場でどの感情対応が求められ、どの職員に負荷が偏り、どこで管理職が支える必要があるかを整理します。
研修で重視しているのは、「共感すること」と「全部を背負うこと」を分けることです。
利用者に寄り添う場面。
支援上の限界を伝える場面。
チームに共有する場面。
管理職が声をかける場面。
人事総務が職場支援として確認する場面。
これらを分けずに進めると、職員は「自分が受け止めなければならない」と考え続けます。
研修現場では、職員の発言だけでなく、事例を扱ったときの沈黙や表情の変化にも注意します。「大丈夫です」と話していても、境界設定の話になると急に言葉が少なくなる職員がいます。また、「どこまで関わればよいか分からない」と言いながら、自分の感情を出してはいけないと考えている職員もいます。
この反応を見ずに、一般的な傾聴研修や接遇研修として進めると、現場の負荷には届きません。
共感力の高い職員に相談が集まり続ける前に
職場で確認したいのは、職員が弱音を言っているかどうかではありません。
聞き上手な職員に、困難相談が偏っていないか。
家族対応や怒りの受け止めを、同じ職員に任せ続けていないか。
本人が「大丈夫です」と言う前提で、負荷を見落としていないか。
管理職の声かけが「あなたなら大丈夫」で止まっていないか。
人事総務に相談が上がる前に、現場で抱え込みが固定化していないか。
この確認ができると、ソーシャルワーカーの境界設定は、本人の性格や適性ではなく、職場で支えるべき判断課題として見えてきます。
ただし、この設計は社内だけで進めると、共感の強調と境界設定の伝え方がずれやすいテーマです。共感を否定せず、しかし抱え込みを続けさせないためには、職員の反応、管理職の声かけ、困難相談の偏り、チーム内の共有体制を合わせて設計する必要があります。
共感力の高い職員に困難相談が集まり続けている、管理職がどこで介入すべきか迷っている、人事総務に相談が上がる前に現場で抱え込みが固定化している場合は、けんこう総研の感情労働ストレス研修をご確認ください。
関連ページ|感情労働ストレスの全体像を確認する
本記事では、ソーシャルワーカーに困難相談が偏る場面に絞って、共感と境界設定を扱いました。介護・福祉職全体の感情労働ストレス、職場チェック、離職防止の考え方は以下の記事で整理しています。
感情労働ストレスとは|職場チェックと研修でできる離職防止対策
参考文献
- 桜井氏「ソーシャルワーカーの養成課程における感情規則の特徴」札幌学院大学。CiNii
- Hochschild, A. R. (1983). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. University of California Press.
- A. R. ホックシールド著、石川准・室伏亜希訳『管理される心:感情が商品になるとき』世界思想社、2000年。
文責:タニカワ久美子
研修テーマが未定でも、対象者・職場状況・実施時期に合わせて整理します。
