ストレス研究memo
タニカワ久美子のストレス研究memoVol.179
2024年12月18日更新
こんにちは、けんこう総研のタニカワです。ここ数日、研究論文の備忘録を書いています。
考察
本研究は、職場環境下において、心拍数の変動幅(Heart Rate Variability: HRV)に着目し、顕在性不安度および運動習慣が心拍応答に及ぼす影響を、時系列データを用いて探索的に検討したパイロットスタディである。心拍数が運動中や運動後に適切な変動幅を示すことは、心血管系および自律神経系の健全性と深く関係しており、健康促進やストレス管理の観点から重要な指標となる。以下では、運動習慣、不安顕在度、性別差といった要因が本研究で観察された結果にどのように関与するかの検討と調査結果を踏まえつつ、以下知見を整理する。
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運動習慣と心拍数変動の関連性
先行研究では、定期的な運動習慣が心拍数の調整能力を高めることが報告されている。[i][ii]しかし、本研究では、運動習慣の有無と心拍数変動に明確な一貫性が認められなかった。この要因としては、参加者ごとの健康状態や自律神経バランス、心理的ストレス感受性など、運動習慣以外の多面的な要因が心拍数動態に影響を及ぼしていた可能性が考えられる。
実際、運動習慣がある参加者は、中等度の運動時に心拍数が効率的に上昇・下降しやすく、過剰な負荷を避けつつ運動を継続することが可能な傾向が示唆された。一方、運動習慣のない参加者では、負荷に対する心拍反応が限定的であり、運動適応性の個人差が見られた。これらの結果は、運動習慣が必ずしも全ての個人に均質な効果を及ぼすわけではないことを示し、個人ごとの生理的特性や心理的特性に応じた評価・介入の重要性を示唆する。
- 顕在性不安度と心拍数動態の非一貫性
顕在性不安度(最低、標準、最高)と心拍数変動の関連を検討した結果、両者間に明確な相関は確認できなかった。顕在性不安度が高い群(最高得点群)では、運動中に心拍数が大きく変動し(最大心拍数146 bpm、変動幅94 bpm)、交感神経の過活動が示唆される一方、不安度が低い群では反応が限定的であった。
これらの所見は、不安度の高さが自動的に過度な心拍反応を引き起こすとは限らず、参加者の生理的特性や自律神経反応性、さらに運動強度や職場環境など、複合的な要因が心拍数変動に影響していることを示している。特にデスクワーカーを対象とした本研究では、日常的な身体活動レベルや精神的負荷、運動時の心理的緊張が個々に異なり、その差異が不安度と心拍応答の不一致を生み出した可能性がある。
- 性差による心拍数変動特性の相違
同一の運動負荷条件下で、男性と女性の間に心拍数変動および運動反応性に明確な差異が認められた。男性参加者は運動強度の上昇とともに心拍数が急激に上昇しやすく、高負荷領域では交感神経の顕著な活性化が示唆された。一方、女性参加者は心拍数の増加が緩やかで、心拍数が比較的狭い生理的範囲内で推移し、安定した心血管応答を示した。
これらの結果は、先行研究で示唆されているような性別による生理・代謝特性の差異と密接に関わっている可能性がある。すなわち、男性では交感神経活動が相対的に優位となりやすく、女性では副交感神経活動が比較的安定して保持されることが、自律神経系の基礎的バランスを形作り、観察された心拍応答の差異を生み出していると考えられる。こうした性差は、個別化された運動プログラムの設計や、職場におけるストレス軽減策の立案において有用な示唆となる。
- 個別化された運動・ストレス管理プログラムの必要性
本研究の結果は、一律の運動・ストレス管理プログラムでは個人差を十分に反映できないことを示唆する。男性には、高負荷時の急激な心拍反応を抑制するための時間・強度調整が望まれる。女性には、心拍数の安定性を活かし、持続的かつ適度な運動負荷による心肺機能向上が期待できる。さらに、顕在性不安度や運動習慣の有無に加え、各個人の自律神経バランスや心理的ストレス耐性といった要因を踏まえた「オーダーメイド」型の介入が、より効果的なストレス管理と健康増進につながると考えられる。
限界と今後の課題
本研究はパイロットスタディであり、サンプルサイズが小さい点や対象が限定的である点から、得られた知見の一般化には限界がある。今後は、より大規模で多様な対象者を含む追跡調査や、心理・生理指標を統合した多面的な分析が求められる。また、長期的な運動介入や異なる運動強度・形態を組み合わせた検討により、ストレス管理や健康増進に資する持続的なプログラム開発への知見が拡大するであろう。
結論
本研究は、顕在性不安度や運動習慣と心拍数変動との関係性を探索的に検討し、個々の生理的・心理的特性、および性差が心拍数動態に重要な影響を与える可能性を示唆した。これらの知見は、職場環境におけるストレス管理や健康促進のために、個別化・多様化した運動介入策を構築する必要性を示すものである。今後の研究では、サンプル拡大や長期評価を通して、より一般化可能なストレス管理指針の確立が期待される。
利益相反
本論文について、開示すべき利益相反開示事項はない。