ストレス研究memo
タニカワ久美子のストレス研究memoVol.182
2024年12月21日更新
職場における運動習慣と顕在性不安による心拍数に与える影響
〜デスクワーカー10名を対象としたウェアラブルデバイスによる実証研究〜
谷川 久美子1) 佐倉 統2)
1) 株式会社けんこう総研
2) 東京大学大学院情報学環
抄録
本研究は、デスクワーカーを対象に、運動習慣と顕在性不安レベルが心拍数の変化に与える影響を調査した予備的研究である。心拍数の変動幅やパターンに基づき、個別化された職場での健康管理戦略を模索することを目的とした。
本研究には10名のデスクワーカーが参加し、職場での実践を想定した軽度から中等度の運動を実施した。ウェアラブルデバイスを用いて収集した心拍数データの分析から、参加者間で顕著な個人差が確認された。特に顕在性不安レベルが高い参加者では、一貫性のない心拍応答が観察された。一部の参加者は過剰な反応を示したが、他の参加者では最小限の変化に留まった。
また、性別による違いも確認され、男性は運動中の心拍数が急激に上昇する傾向が見られた一方で、女性は比較的安定した応答を示した。
これらの結果は、運動介入設計における画一的なアプローチの限界を示唆している。不安レベル、性別、基礎体力を考慮した個別化された戦略が、健康促進と生産性向上の鍵となる可能性がある。
キーワード: 心拍数、運動習慣、顕在性不安度、ウェアラブルデバイス
Ⅰ.はじめに
心拍数(Heart Rate: HR)の変動幅は、心血管および自律神経系の健康状態を評価する重要な指標である。Foxら(1971) およびColeら(1999) の研究は、運動直後における心拍数の回復速度が心血管系の健全性を示す指標として有効であることを示しており、特に1分間に12拍以上の減少が健康的な心臓自律神経の機能を反映することを報告している。一方、心拍数の回復が不十分である場合、心血管疾患リスクが高まる可能性が指摘されている。さらに、運動中の心拍数の増加と運動後の適切な低下は、自律神経系のバランスが良好であることを示す指標として注目されている(Lahiriら, 2008 ; Buchheitら, 2007 )。この変動幅が大きいことは、ストレス耐性や健康的な生理的応答能力が高いことを意味する。
運動が健康に与える影響は、運動の方法や状況によって多様である。Sandra K(2017) は、強制的または義務的な運動が心理的ストレスを増加させ、健康効果を相殺する可能性を報告している。運動不足や運動に苦手意識を持つ人々にとって、運動そのものが新たなストレス源となり得る。こうした状況では、心拍数の変動をモニタリングすることで運動時および運動後のストレス反応を客観的に評価することが可能である。心拍数は、自律神経系の活動を反映する生理的指標として、ストレスや健康状態の評価に広く用いられている(Kimら, 2018)。
近年、ウェアラブルデバイス技術の進展により、日常生活や運動中の心拍数変動をリアルタイムでモニタリングすることが可能となった。この技術により、個人の生理的ストレス反応を即時的に把握し、適切な管理を行うためのデータが得られるようになった(Nakagomeら, 2023)。このような背景を踏まえ、本研究ではデスクワーカーを対象に、運動習慣および顕在性不安度が心拍数変動に与える影響を探索的に調査することを目的とする。
本研究は以下の視点を中心に構築されている。第一に、心拍数の変動パターンを詳細に解析することで、運動習慣や心理的要因が心拍数に与える影響を明らかにすること。第二に、得られたデータを基に、将来的な大規模研究の基盤となる仮説を形成することである。これにより、個別化されたストレス管理および健康増進プログラムの設計に寄与する知見を提供することを目指す。