ストレス研究memo
タニカワ久美子のストレス研究memoVol.177
2024年12月16日更新
考察
本研究は、心拍数の変動幅に焦点を当て、不安顕在度および運動習慣が心拍数動態に及ぼす影響を時系列データを用いて検討したパイロットスタディである。心拍数が運動中や運動後に適切に変動することは、心血管系および自律神経系の健康状態を示す重要な指標とされており、健康促進およびストレス管理の観点からも有用性が高い。
運動習慣と心拍数変動の関係
先行研究においては、運動習慣が心拍数の調整能力向上に寄与することが報告されているが、本研究では運動習慣の有無と心拍数変動との間に一貫した関係性は確認されなかった。対象者ごとの心拍数動態が異なった要因として、以下の点が考えられる。
- 運動強度への反応性は、基礎的な心血管適応能力や心理的要素と密接に関連すること。
個人の自律神経バランスや心身の健康状態が運動習慣以外の要因として影響している可能性。
運動習慣がある参加者では中等度の運動時に心拍数が安定しやすく、過剰な負担が抑えられ、効率的な運動が行えていた。一方、習慣のない参加者では運動負荷に対する心拍数の反応性が限定的であり、運動適応能力の個人差が示唆された。したがって、運動習慣が全ての個人に均一な影響を及ぼすわけではなく、個々の健康状態や心理的側面が心拍数動態に与える影響を考慮する必要がある。
顕在性不安度と心拍数の非一貫性
本研究では、顕在性不安度(最低、標準、最高)と心拍数変動との間に明確な相関関係は認められなかった。不安最高得点群(n=3)では、最大心拍数146 bpm、最小心拍数52 bpm、変動幅94 bpmと運動中の心拍数動態に過敏な反応が観察された(Fig.8)。これに対し、不安最低得点群(n=1)では最大心拍数107 bpmと反応が限定的であり、変動幅も55 bpmに留まった。
この結果は、不安顕在度の高低が単独で心拍数動態に影響を与えるわけではなく、自律神経反応性や心血管適応能力などの個別要因が相互に関与していることを示唆する。不安度が高い参加者では運動前後の緊張が交感神経を優位にし、心拍数が過度に上昇しやすい傾向が見られる一方、不安度が低い参加者では反応が抑制され、安定した心拍数動態が観察された。
性別による心拍数動態の違い
運動負荷が同じ条件下であっても、男性と女性の間で心拍数の変動幅および運動強度に対する応答性に明確な差が見られた。
- 男性参加者では、運動強度の増加に伴い、心拍数が急激に上昇する傾向が顕著であった(最大心拍数152 bpm、変動幅96 bpm)。特に高負荷運動(7~10 METs)フェイズにおいて、交感神経の急激な活性化が示唆される。
- 女性参加者では、心拍数の変動が緩やかであり、生理的心拍数(PHR: 72~130 bpm)の範囲内に収まるケースが多く、心血管系の安定性が確認された。
この結果は、生理的特性および自律神経系の反応性に起因する可能性が高い。男性は筋肉量が多く基礎代謝が高いことから、運動負荷に対する心拍応答が敏感である一方、女性では脂肪代謝が優位であり、エネルギー消費が緩やかなことが要因と考えられる。また、男性は交感神経が優位に働きやすく、女性は副交感神経が一定の働きを保つことで安定した心拍数応答を示す傾向が確認された。
本研究の結果は、性別や心理的・生理的特性を無視した一律の運動プログラムには限界があり、個別化された運動介入が必要であることを示唆する。
- 男性では、心拍数の急激な上昇を避けるために、高負荷運動の時間や強度を調整し、過度な交感神経の刺激を抑制するプログラムが有効である。
- 女性では、心拍数応答の安定性を活かし、持続的な中等度運動を取り入れることで効率的に心血管機能を向上させることが望ましい。
さらに、運動プログラムの設計においては、顕在性不安度や運動習慣の有無に加え、個人の生理的適応能力や職場環境のストレス負荷を考慮したオーダーメイド型のアプローチが不可欠である。後の研究では、より大規模なサンプルでの追跡調査および心理的評価と生理的データを統合した多角的な分析が求められる。