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感情労働/タニカワのストレス研究vol.4
2022年1月1日更新
「感情労働(emotional labor)」とは「肉体労働」「知的労働」に次ぐ「第三の労働」です。
1983年
アメリカの社会学者 A.R.ホックシールドの『The Managed Heart ― Commercialization of Human Feeling』によってこの概念が提唱。
労働者の感情管理技術が雇用組織の利益向上のために有用であり,それまで「感情=非合理的」と考えられていた。
ホックシールドによると,1983年の」全米の労働者のうち3分の1が感情労働者であった。
1990年代半ば
日本で「感情労働」に関する研究が始まる。
2000年
日本語訳でA.R.ホックシールドの『管理される心 ― 感情が商品になるとき』が出版され、多くの学術領域で議論が展開されている。
日本独自の特徴
感情労働(emotional labor)とは、職務遂行にあたり「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行う感情の管理」(ホックシールド 1983,7)
他の労働と区別する要素
①対面あるいは声による顧客との接触
②感情労働者は,他人の中に何らかの感情変化 ― 感謝の念や恐怖心等― を起こさせる
③そのような職種における雇用者は,研修や管理体制を通じて労働者の感情活動をある程度支配している
私たちは日常生活においても感情の管理を行っています。
私的場面における感情管理
「感情作業(emotion work)」
「感情管理(emotion management)」と規定si,
「感情労働」とは区別される。
「感情作業」と「感情管理」は,社会生活を送るにあたり不可欠ですが、労働場面で強制されることを,ホックシールドは「感情労働」と名付けました。
「感情労働」には,下位概念として「感情規則(feeling rules)」がある。「感情規則」とは,適切な感情の表出を誘導する指針。
<例え>
教員=「思いやりをもって平等に生徒に接する」「時には厳しく指導をする」等の<教員としてあるべき姿を示す感情規則>が存在する。
感情労働論では,このような感情管理を日常的に行うことの弊害が指摘されている(ホックシールド 1983,214-217)。
個人の内的活動の領域である感情管理が,雇用組織によって管理統制されることで,労働者は自己の感情が自分自身のものであると認識が出来なくなる「自己疎外」に陥るリスクがある。
先行研究分析 量的分析
<業種>
CiNii の登録論文・文献に「感情労働」という言葉が1993年に登場。
看護医療:看護師・医師
介護 :介護士・介護者・ケアワーカー
援助 :福祉・カウンセラー・作業療法・ソーシャルワーカー・施設職員・ケースワーカー・司法通訳・セラピー・リハビリ
教育 :保育・教師・大学教員
他職 :接客・販売・自治体職員・営業職・弁護士・葬祭・鉄道・風俗など
全般 :理論・書評・歴史・ジェンダーなど
看護師だけで研究全体の約30%,介護士と合わせると約40%にのぼり,研究対象の職業に偏りがある点が、日本の感情労働研究の第一の特徴。
ホックシールドが主として研究対象としたのは客室乗務員。
感情労働の職業
「対人サービス職」接客・販売系の職業
「対人援助職」医療や介護,教育,福祉等の分野の職業
研究対象を2つのカテゴリー別で比較してみても,対人サービス職全体が約13%に対し,対人援助職は約62%にものぼる。
<研究内容>
日本の感情労働論は,感情労働と精神的負担との関連を実証的に考察するものが主で、約6割がメンタルヘルス関連が占める。加えて、感情労働におけるメンタルヘルス研究のほとんどはケア分野の分析である。
現在の感情労働研究
・ホックシールドの概念を継承したネガティブな「感情労働否定論」
・感情管理をスキルととらえ,積極的に活用することを提唱する等の「感情労働肯定論」
雇用組織による感情統制と自己疎外の危険性を唱えた元来の感情労働論に対し、職務遂行にあたり自律的に感情管理を行うことで自己疎外等からの回避を目指す新たな論が展開されていることが,我が国の感情労働研究の第二の特徴としてあげられる。
⑵ 質的分析
特徴的なのは,感情労働研究における視点の多様性である。
社会学の分野から提唱された感情労働論であるが,現在では様々な学術分野で研究対象として取り上げられており,感情労働への関心は多岐にわたる。
学術分野では9つの専門領域で感情労働研究が展開されている。
<感情労働論が拡大する原因>
感情労働論自体が複数の概念や要因を含有している。佐藤と今林の研究では,感情労働論には11の根本的要因が内在するとされる(2012,276-283)。
上記の他,感情労働職の種類の多さ,顧客との関係性,研究方法など,感情労働論には元来のものから分岐し細分化されていく要因が多数存在し,さらにこれらは互いに網の目状に関連性を持つことから,複数の要因がからみあい,最終的には重層構造化する傾向があるという点も感情労働研究の特徴であるといえる。
問題の所在
感情労働概念の拡大変異の問題点
感情労働論が拡大を続けて定義や概念そのものにも変異が生じている。
海外
ホックシールド「感情労働論」⇒否定・肯定派論が活発に展開⇒感情労働論の概念を拡張したスタインバーグ
日本の実情や時代に即した新たな概念の提唱等は意義あるが、概念そものもが揺らぐことで,実証結果にも影響を与え,結果,得られた知見に統一性がないという問題も指摘されている。『感情労働』という言葉が独り歩きし,研究者が独自に感情労働を定義し研究を進めているがために,個々の研究によって知見がバラバラになってしまっていると考えられる」(2009,253)
ケア職,特に看護職への偏り
「なぜ,看護と看護以外の領域でこのような温度差が生まれているのか」
研究内容はバーンアウトに代表されるメンタルヘルス問題がその多くを占め,ここにも大きな偏りが見られる。
日本の実証的な感情労働研究は、感情労働者の直面する困難(短絡的な疎外論)を前提としたものが多い
感情管理をスキルとして積極的に活用することが職務満足感や自己肯定感につながり、自己疎外等の防止にもなるというのが主な論調で,経営学やケア領域の研究で「感情労働肯定論」として広がりつつある。
この点に関して,崎山は「(感情労働を肯定する立場は)感情労働の原理に忠実であるならば,感情管理と,それの強制形態である感情労働との概念のはきちがえ(Pugliesi 1999)と見なすべき」(2006,2)としている。
問題の分析と考察
感情労働者個人にフォーカスした考究が進む一方で,感情労働を生み出す社会構造そのものへのアプローチを試みた研究は少数である。ホックシールドの『管理される心』における感情労働論は,
①概念規定と弊害……感情労働概念の定義およびそれに伴う個人の心身への負担
②疎外労働の実態……雇用組織による感情労働者への感情管理・統制の実態
③構造論的分析と批判……感情労働を生み出す現代社会の構造と問題点
の3つの柱から構成されている。
現日本の研究論文は
①概念規定と弊害に関するものが研究の主流
②疎外労働の実態の分析は少数存在
③構造論的分析と批判に関する考察はほぼ進展が見られない
ホックシールドは、感情労働論を社会構造に位置づける視点となっている。=社会階層の概念⇒中流階級家庭の子育てが次世代の感情労働者を生み出し,階層固定化と再生産を促すことまで至っている(1983,177-185)。
続く第8章「ジェンダー,地位,感情」
女性の感情管理術を現代の社会構造の中にあてはめ,搾取される対象とした考察は、彼女の感情労働論の大きな特徴でもある。
「疎外は、単に少数の人が直面する仕事上の危険ではない」と指摘し,「感情の商品化」が文化の中に組み込まれてしまっている点を問題視している。
ホックシールドの感情労働論の本質は、感情労働を成立せしめている社会構造のゆがみを我々に提示
<仮定>
研究対象と研究内容に偏りが生じると,どういう事態を招くか?
問題は,実証等によって導き出される知見を普遍化することが困難となる。
研究対象と研究内容が同一分野に集中することで、「特定の職種の特定の現象に関する実証結果」に着地してしまう。実際のところ日本の感情労働研究の多くは「ケア職の精神的負担に関する実証」であった。
<問題となる背景>
国内外ともに,なぜ一般的に「ケア職」とも呼ばれる看護職および介護職に関心が集中するのか?
最も研究例が多い看護職
感情労働の典型が看護職+極度の緊張や精神的負担が伴う+研究動機も切実性が伴う
「白衣の天使」=職務の厳しさの象徴=看護師たちはファンタジーを壊さないために「白衣の天使」のふりを続け,やがて「ペテン師」へと変貌していくと述べている(2006,42-43)。
「期待されるイメージ」と「実際の職務」の狭で苦悩=看護職の土壌
ケア職は,精神的負担を持ちやすい職場=職務内容が身体接触を不可避とする仕事=その背景には近代資本主義における「身体的なものへの拒絶」
<現況>
身体性の忌避や排除が労働全般に現れている現代社会=「排除のまなざし」=ケア分野の「感情労働の痛みがある」と考察した(2013,48)。
<社会学的見地>
一方,看護職における感情労働研究を批判している研究。
看護職=医師に対する看護職の固有性・専門性の自己主張(医者にはできないケアを看護師は担う)によって,医療職ハイラーキーのなかでの相対的な劣位の挽回にある
もしそれが目的ならば,看護職への感情労働概念の導入は,「課題を達さないばかりか」「かえってマイナスの効果をもたらし」「不適切である」
「ホックシールドの議論は,接客業務に携わる被調査社へのインタビューに基づくものである。
感情労働論とケア職の感情労働研究との間の齟齬がある
「感情労働は単に情緒性の強調される労働ではなくケア労働でもない。ケア労働と感情労働が置換できるなら,それら概念の存在意義はなくなってしまう」
我が国における感情労働研究と課題―― CiNii 登録文献の分析をもとに ――,山本ら,鳴門教育大学研究紀要第34,2019
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文責:タニカワ久美子
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